物事を変える時は、それがどれだけ合理的で効率的であっても反対されるものです。よって変革をスムーズに進めるためには反対勢力への理解、すなわち変化を起こしたい側からの配慮が必要になります。
現実に対する責任感
様々ある業界の中でも私のいる製造業は比較的に変化を拒む性質を持っています。これは保守的で伝統的であるからといった部分もありますが、それよりは変化そのものをリスクとして捉えているためである節が強いでしょう。
工業製品におけるモノづくりの鉄則としてコピーイグザクトリー(CopyExactly)という概念があります。これは日本語にすると「完全な複製」という意味です。
同じ材料を使い、同じ機械を使い、同じ作業者が同じやり方で同じモノづくりをすれば同じモノ、すなわち「完全な複製」が出来上がる。要求仕様を満たせる製品を作れる工程が完成したら、そこから何も変化してしまわないようにちゃんと手を入れて整備していれば、同じものを作り続けることができる蓋然性が高まる。
よって何も変えないし変えるべきではない、これがコピーイグザクトリーという考え方です。
生産プロセスに手を入れるのは特に大変です。明らかに無駄で非効率的と思われる工程を一つ排除しようとするだけで、下手をすれば年単位でのアセスメントが必要になります。
ただ、この変化を拒絶する姿勢を『保守的で教条主義的で頭の固い怠け者』なんて批判することは適切ではありません。
そもそもの前提として、現場の効率化の恩恵を一番受けるのは現場の人々であり、当然ながら現場の人々は必ずしも頭ごなしに変化を拒んでいるわけではありません。変化を受け入れれば楽をできるのにそうしないのには必ず理由があります。
実際には、現場の前線で日々働いている人々は効率化に掛かる手間やコストを忌避している怠け者であることはほとんど無く、大抵の場合は変化によって品質を維持できなくなることを恐れているために変化へ反対しています。
それはつまり、製品が社会に損失を与えないようにするための品質への責任感から生じている反発です。変化そのものではなく、変化によって今存在している価値が把持できなくなることを恐れている、そう言い換えることができます。
その点を理解せずに変化を拒む人を脊髄反射的に批判することは、彼らの責任感を邪険にしているようなものです。現場の責任感に対するリスペクトや尊重の意志を持たないそういった変革者が現場から受け入れられることはまずそうそうありませんし、現場の協力なしに変革が進むこともありません。
これは製造業に限った話ではなく、変革を推進する側は今現在社会を成り立たせている人や事柄に対してリスペクトの姿勢を持つことが不可欠です。どれだけ非合理的で問題を抱えていようとも、そこで歯を食いしばっている現実の社会を支えている人々の献身と責任感による恩恵を受けている以上、頭ごなしに否定すべきではありません。それは親の恩恵を受けながら親に反発する反抗期の子どものようなものであり、子どもならばまだしも自立したいい大人のとる態度とは言えないでしょう。
人は本来ムダが嫌い
そもそも人は本来的にムダが嫌いなものです。面倒よりは楽を好むことが普通であり、煩わしいルールや手順を好まない傾向を持ちます。
それでも非合理的なルールや仕組みがあるのは、それが無意味なただのムダではないかもしれない、そうした視点が必要です。もしかすると以前に引き起こされた大きなトラブルを避けるために組み込まれたルールかもしれませんし、そのルールによって守られているものがあるかもしれません。
ルールの無意味さは定量的に分かりやすいものですが、ルールによる恩恵は測定が難しく実際に変化させてみるまで分からない部分があります。本当に一切価値が無いルールや手順であれば自然消滅するものであり、それが残っていることは何かしらの利得が存在している、そう考えることもできます。
だからこそ変化を拒絶する現場の嗅覚を侮ることはできません。そこには言語化されていないだけの集合知かつ暗黙知が眠っていて、将来の損失を防いでいるかもしれないのですから。
変革への作法
とはいえ、非合理的では持続性がありませんし、現代の社会情勢やコンプライアンス意識に照らし合わせて問題があるならば変化は必要です。現場の責任感に対するリスペクトの気持ちを持つことと、変化が必要なこと、これらは並立します。
変革に必要なのは『推進側が責任感を持つこと』と『反対勢力に安心感を与えること』です。
穴の空いたボロ船を沈ませないため必死に桶を使って水を汲み捨てている人に対して、何も手を動かしていない同乗者が「そんな桶じゃ効率が悪いよ、排水ポンプを使えばいいじゃないか」なんて、それがどれだけ合理的だとしても必死に水を汲み捨てている人からすれば反発して当たり前です。
本当に変革を推進したいのであれば、今頑張っている人々のおかげで船が沈んでいないことに対する感謝と尊重の気持ちを持ち、自ら排水ポンプを準備して手伝うこと、そして何よりもその船を沈めないことに対する同じだけの責任感を示す、それらがあって初めて水を汲み捨てている人々へやり方を変えることへの安心感を与えることができ、合意と協力を得ることができます。
結言
つまるところ、変革の推進者は理想主義者の形式ではありながらも実務者的な側面をも合わせ持つ必要があります。厳しい表現ではありますが、そういった側面を持たない口だけの人には変革を起こすことはできません。
現実的な話として、製造業において変化を起こせる人は高いコンピテンシーを持っており、言葉だけでなく行動で実際的に示します。現場に足繁く通い、関係各所とコミュニケートを取り、変化のアセスメントを実施し、周囲を巻き込みつつも自ら先行して動く人だけが変化を成し遂げることができます。
それはどの業界、どんな社会でも同じではないでしょうか。