時事と言うほど時事ではない話。
素人の個人的な見解を述べていくだけですので、詳細は専門家の意見を参照してください。
南米北部のきな臭さ
あまり穏当ではない昨今の国際情勢の中、歴史的な係争地とはいえ南米北部の油田地帯を有するベネズエラとガイアナでも燻り続けていた火種に火が付くことが懸念されています。
今回のトリガーは12月3日のベネズエラにおける国民投票です。国民投票の是非や真正性、或いはその意味についてはすでに各所で様々な見解が述べられており私が述べることはありません。まあ、選挙で自身に投票しない人々への迫害を行うような大統領が行った国民投票に意味があるかどうかは考えるまでもないような気はしますが。
それはさておき、今回は関連するちょっとした数字を見てみましょう。国家の状況を見るには各種の経済的な国際指標が適切ですが、今回は軍事的な側面としてストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の軍事支出データベースを見てみます。
このデータからもあまり宜しくないベネズエラの内情の一端が同様に見えてくるかと思います。
ベネズエラの軍事支出(ボリバル)
軍事支出額の数字がしっちゃかめっちゃかですが、これは急激なインフレの影響です。ハイパーインフレーションの事例として日本で有名なのはジンバブエだと思います。ただ、ベネズエラのハイパーインフレーションはその速度が圧倒的に速かったことからこちらも経済史に残ることでしょう。
実際には二度ほどデノミネーションを行って通貨の切り下げと名称変更を行っているため現在の通貨はボリバルではありませんが、SIPRIのデータベースではボリバルに換算されています。
「支出額が増えていれば軍拡」と言えるかどうかは、以下の米ドル換算を見れば分かるかと思います。
ベネズエラの軍事支出(米ドル)
ボリバルでは軍事支出が毎年一桁増えているものの、米ドルに換算するとここ数年でほぼ購買力を失っていることが分かります。ベネズエラの現在の軍事支出額は南米諸国の中でも最下位です。
比較として、今回国際社会の注目を浴びているベネズエラ(人口2800万人)と南米で最も小さい国ガイアナ(人口80万人)の2022年の軍事費はベネズエラが460万米ドル、ガイアナが7830万米ドルと10倍以上差があります。ベネズエラと人口規模の近いペルーが約26億米ドルですので、ベネズエラがどれだけ軍事費に支出できていないかは明確です。
ちなみに参考として2022年の軍事支出はアメリカが約8100億米ドル、中国が約3000億米ドル、日本が約540億米ドルです。
ベネズエラの政治は混乱を極めていますが、実質的に国政を差配しているマドゥロ大統領の支持基盤は軍部だと言われています。
その軍部にまともな金を支払えず、兵隊さんへの給料すらまともに出ているのか怪しいこのような状況で懸念されることと言えば、軍部のクーデター、或いは不満を外部に向けるための戦争です。
普通であれば戦争とは侵略側が準備をしてから仕掛けるものであり「まともに軍事支出をできていないのだから戦争なんかできるはずがない」と考えるのが自然ですが、軍部を支持基盤として権力を維持している権力者からすれば「クーデターで寝首を掻かれる前の言う事を聞くうちに軍部を動かして他国の財産を奪う」発想になり得ます。それは1982年のフォークランド紛争や1990年のクウェート侵攻といった事例があるように、現代でも現実的です。
もちろんそのような戦争を行った国の末路も歴史に記されてきてはいますが、それでも目先のクーデターを恐れるのが人間です。
結言
今回ベネズエラが国際的な注目を集めているのは、歴史上散々繰り返されてきた「経済政策に失敗して支持基盤を失いかけている独裁者が賭博的冒険に出る」、そんな愚かな歴史の再現に着手することが懸念されているためでしょう。
そのような暴挙は最終的な顛末を踏まえれば誰も幸福にしない愚行に他なりませんのでなんとか国際社会で阻止できればいいのですが、国際社会としてもどこから手を付ければいいのかまったく分からない、本当に難しい問題です。
油田があるのに利益を出せない程にインフラや制度が整っていないので商売面で支援することもできず、直接的に経済支援をしようにも支持基盤の軍部に金が行くばかり、権力者を変えたとしても今度は軍部から権力者が出てくるだけですし、かといって軍部を押さえつけて別の政権を打ち立てると内戦ルートに突入してしまいます。ガイアナのようにアメリカ資本を受け入れて開発する選択肢があればいいのですが、現在の反米政府では取り得ません。現在のベネズエラは親中親露のため中国とロシアが率先して支援できればいいのですが、どちらも経済的に他国をどうにかする余裕がない状況。
本当に、どうすればいいのか。