災害における報道ではどうしても実際の発災現場における救助や救援に関する映像や情報が多くなります。
もちろんニュースとは人々が知りたい情報を報じることが目的の一つであり、被災者の安否は報道価値の高い情報であることは間違いありません。
例として、海外での事故に関するニュースなどで「日本人の搭乗客は居ませんでした」といった報道を「国籍で差別するな」と批判する声をネットで時々見かけますが、あれはニュース配信先の日本人にとって”知人や親族が事故に巻き込まれていないか”こそがニーズであり、速報はそれに応えているだけです。なにも差別的な意図があるわけではありません。
同様に、災害時にどこで誰が救助されたかなどは極めてバリューの高い情報であり、メディアがそれを大きく取り上げることは正しいです。
ただ、個人的な願望ではありますが、映像に映えないところで頑張っている人々にもスポットライトが当たって欲しいと思っています。誰にも見えないところで献身的に働く人々を可視化して目立たせることも、ジャーナリズムの大切な役割ですので。
真っ先に現場へ駆けつけてくれる人々
災害が生じると様々な組織が一斉に緊急体制へと移り、迅速に活動を始めます。その中でも警察や消防、自衛隊や医療、メディアやボランティアは映像として映えるため、動向がニュースで報道されやすくなります。
ただ、被災地へ真っ先に向かっていく勇敢な人々は彼らだけではありません。
むしろ未だ災害の予兆が残る中、余震が来るかもしれない、津波が来るかもしれない、土砂崩れが起きるかもしれない、そんな危険な二次災害の恐れがある現地へ率先して駆け込んでいってくれるのは国土交通省や地方自治体のお役人さん、そして災害協定を結んでいる土建屋の方々です。
彼らの仕事は道路啓開です。
大規模災害では様々な自然現象によって道路が遮断されてしまいます。そして道路が無ければありとあらゆる救援リソースをまともに被災地へ届けることができません。そのため遮断された道路の瓦礫を退かし、段差を修正し、緊急車両だけでも通行できるよう緊急的に道を切り開くことを道路啓開と言います。
道路が遮断されていた場合、警察や消防、医療やボランティアだけではなかなか現地へ辿り着けませんし、自衛隊も道路啓開へ協力をしてくれますが専門ではありません。その地域に誰よりも詳しい地方自治体のお役人さん、そして土木のプロである国土交通省のお役人さんと土建屋さんたちが危険な最中においても最短で最適なルートを構築して道を切り開いていきます。
被災地へ救援チームを送り込むため、お役人さんと土建屋さんは発災後初動期における極めて重要で危険な役割を担ってくれています。
通常の災害でも、地方整備局は災害復旧に大きな役割を持っているが、大規模災害においては、災害復旧よりもさらに前、初動期において人命救助のために大きな役割を果たさねばならない。例えば、自衛隊や救急医療チームが被災地に入るために、それに先んじて交通路の啓開を行うのは我々の役割である。
地方整備局の初動の遅れはそのまま全体の救援の遅れにつながりかねないことを肝に銘じて、我々は迅速に初動の活動を展開し、その責任を果たさねばならない。
出典:国土交通省 東北地方整備局『東日本大震災の実体験に基づく 災害初動期指揮心得』10ページ
そんな彼らの職業意識・責任感・献身に対してあまりスポットライトが当てられないのは、少し悲しいです。
道路啓開の認知
道路啓開については東日本大震災における「くしの歯作戦」などが世間の話題になったことはありますし今回の震災でも話題になったため徐々に認知度が上がっているとは思うものの、まだ知らない人がいるかもしれません。
ただ、道路啓開についてある程度認知していれば、今回の能登半島地震における道路啓開の状況や自衛隊の動きなどもおおむね理解ができるようになります。
今回の能登半島地震では自衛隊に対して逐次投入であるとかもっと大勢を投入すべきだとした批判が一部で為されていますが、発災後翌日の時点で10000人を待機させていた統合任務部隊(JTF)が被災地に広く展開できなかったのはまさにこの道路啓開の都合が大きいでしょう。
東日本大震災の「くしの歯作戦」においては国道4号がくしの根元として存在していたため、そこから延ばせるところを次々と伸ばしていってラインを確保する戦略が取れました。熊本地震でも各所の道が寸断されましたが道の数が多かったために道路啓開が終わった道を代替ルートとして物流ラインを構築することができました。
対して能登半島にはそういった背骨や代替となる道がないため奥能登へ通じる道を手前から順次切り開いていかねばならず、だからこそ発災二日目の早い段階から自衛隊は道路啓開に部隊を投入しています。
今回のこの意思決定がとても早いことは、東日本大震災における当時の事例と比較すれば分かります。
国道の上の流されてきた家屋を早く撤去しないと道路が通れないので、道路啓開(けいかい)が、まず必要でした。
地震翌日の12日の朝早く、田老地区にも自衛隊が来ました。最初に入ってきた自衛隊の部隊が受けている命令は、行方不明者の捜索です。続いて生活支援とか、炊き出しの方になってくるわけですが、不明者の捜索の指示を受けている自衛隊に道路啓開を頼んでも無理なんです。
なので、地図を広げて、国道の上を指示して「ここの捜索を優先してお願いします」という頼み方をして道路啓開をやりました。消防団員に、がれきの上に立ってもらって、ここが国道だということを示してもらいました。土地をわかっている人が、ここの下に国道があるんだということを教え、自衛隊がそこを優先して行方不明の捜索をしていくというやり方をしました。
過去には道路啓開に慣れていなかった自衛隊が、今回は道路啓開のために部隊をすぐに動かせている。これは教訓が正しく生かされたと言えますし、凄いことです。
さらに言えば、今回の能登半島地震において国土交通省は道路啓開の進捗状況を逐一ネットに公開してくれています。
崩れたトンネルや土砂で埋もれて見えなくなった道、そして割れてガタガタになった道路の写真を見て、これを人力の人海戦術でなんとかできると考えるのはあまりにも無謀であることは容易に分かるかと思います。また、山のトンネルを迂回して重機を運べないことなんて誰にでも理解できるように、各方面からアクセスが可能であった過去の災害と比較することには意味がないことも分かります。
何はともあれ、ロジや土木の専門家たちが送り込めないということは、それが精いっぱいだということに他なりません。
もちろん今回の対応が最大効率だったか、もっと上手くできたかは後に検証と教訓化が必要でしょう。ただ、まだ道路啓開は終わっておらず、気が早いです。
結言
道が無ければありとあらゆる救援リソースを充分に送り込めないだけでなく、助けた人を適切な避難所へ連れて行ったり治療が可能な病院に送ることさえもできません。道の有無が救援の規模を制約するものであり、だからこそお役人さんや土建屋さんは被災者を救うために危険な中でも真っ先に向かっていってくれます。
彼らの活躍はあまり映像には残りませんが、もう少しスポットライトが当たってもよいのではないかと思っています。
余談
国土交通省東北地方整備局の発行している『東日本大震災の実体験に基づく災害初動期指揮心得』は災害の多い日本に住む私たちには必読書レベルで素晴らしい知見と教訓が詰まっています。
なんとKindleでタダで読めますので、どうぞお時間のある時にでも。
【3・11】東北地整の「災害初動期指揮心得」が電子書籍で無料ダウンロード可能に | TEAM防災ジャパン