仕事したくないという心理がある以上、仕事をしたいという心理もあります。仕事したいとか変人かな、と思わなくもないですが、まあ考えてみます。
「仕事をしたい」のは欲求段階説におけるどの段階か
仕事をしたいということは仕事に対する積極的な欲求があるということです。そんな欲求について、アメリカの心理学者アブラハム・マズローが理論化した自己実現論(欲求5段階説)に基づいて考えてみます。マズローの自己実現論自体については各所で取り上げられているので詳細は省きます。
まず生理的欲求と安全欲求について、生命維持をしたい、衣食住を得て経済的に安定したいという生物の根源的な欲求は受動的で低次のものであり、意志に基づいた積極的なものではありません。これは「仕事をしたい」というよりも「仕事をしなければならない」に属するでしょう。この欲求の段階では仕事はむしろイヤなもの、やりたくないものとなります。
次に社会的欲求について、社会集団への所属による満足感は企業に属している社会人であれば得られるものですが、やはり次元としては低次です。所属を維持するために成果を出さなければいけないという切迫感が残ることから、「仕事をしたい」欲求とは言えないでしょう。
次に承認欲求について、集団から存在価値を認められて尊重されたいという欲求は高次の欲求であり、この段階まで至ると受動的なものではなく自らの意思が含まれた積極的な欲求となります。但し承認欲求は場合によっては自らの行動を伴わずにただ周囲に求めるだけとなる場合もあるため、完全に能動的なものとも言えません。「仕事をしたい」という説明にもなりますし、ならない場合もあるという段階です。
最後に自己実現欲求について、自分の能力や可能性を最大限に発揮したいという積極的な欲求であり、受動的なものは完全に排除されます。これこそが純然たる「仕事をしたい」欲求と言えるでしょう。
以上より、「仕事をしたい」という欲求は承認欲求の一部、又は自己実現欲求によるものです。それ以外は「仕事をしなければならない」となるでしょう。
楽しく仕事をしている人の例
仕事をしたい人間である奇特な私個人の例としては、承認欲求と自己実現欲求の双方に起因していると認知しています。ただ自己実現欲求のほうが強そうです。
私にとって仕事はゲームに近い感覚です。予算・人員・時間といった各種リソースの制約条件がある中でどこまで完成度を高めて楽しく好き勝手自由に進めることができるかを競い合っているようなもので、ゲームで同様に例えれば俗にいう縛りプレイの感覚に近いです。
無理な案件であってもそれを解決することは私の自己実現欲求を満足させることができます。困っているメンバーに頼られたり助けて感謝されることは承認欲求が満たされるのでやはり嬉しく感じます。そのせいか炎上案件の火消し屋に近いポジションになってはいますが、まさにこれこそ縛りプレイの面白さを感じることができる仕事です。
恐らくですが、誰でも何でも出来るほどの有り余るリソースを与えられたら私は仕事をしたい欲求を失うと思います。そのような状況は私の承認欲求も自己実現欲求も満たさないからです。私以外の誰でもできるのであればその誰かに頼んでくれ、と思ってしまうことでしょう。まったくもって扱いにくいタイプの部下ですね。今の上司とは長い付き合いですが、やりたい放題やっている私のお目こぼしをしてくれていることに大変感謝しています。
この、やりたい放題”できる”か、それは環境と能力の双方ですが、そのどちらもが揃っている場合は仕事を楽しむことが出来ると思います。過去の記事で書いた「仕事したくない心理」で述べたように、やりたいようにできるかどうかと結果が出せるかの両方が必要ということです。
思い出せば、就職して数年はそれほど仕事が楽しくありませんでした。未熟なために思ったような成果が出せず、実績が無いために自由な裁量権が与えられず、ただただ任された仕事をこなすだけでした。仕事が楽しくなり出したのは技術力を磨いて成果が出るようになってからです。成果が出ると上司が少しずつ裁量権を広げてくれて、そこでさらに成果を出せばもっと権限が手に入る。このループが完成して以降仕事はやらなければいけないものではなくなり、厳しい環境下でどこまで到達できるかという挑戦の感覚、まあ悪く言えば遊びの感覚に変わりました。
最初から面白い物事はなく、思った通りに"できる"ようになると面白くなるというこの感覚は多くの物事に適用されると思います。例えば学校の運動部、最初は走り込みや基礎ばかりで何も楽しくありませんが、器具を使えるようになって試合ができるようになってと"できる"ことが増えていくと徐々に楽しくなっていったものです。楽器などもそうです、最初は音を出すことが"できる"というだけで面白いのですが、少し難しい演奏はできないので退屈になってしまう、しかし練習して思った通りに演奏が”できる”ようになるとまた面白くなります。
結論
私個人の例ではありましたが、”できる”ようになるまで頑張ってみると仕事を楽しめるようになるかもしれません。もちろん”できる”ような環境でなければいけませんので、環境を変えなければいけないかもしれませんが・・・