反ワクチン派の若い子と話をしたことがあるため、その時のことを思い出しつつ少し情報を整理してみます。
ワクチンの概要
ワクチンとは感染症の予防に用いる医薬品で、一般的には無毒化あるいは弱毒化された抗原を投与することで、体内の病原体に対する抗体産生を促して感染症に対する免疫を獲得するものです。抗生物質の効かないインフルエンザ等のようなウイルス性感染症にも効果がある上、細菌性の感染症で増大している薬剤耐性菌への対策にもなることから予防医学において重視されています。さらに予防は治療よりも費用対効果が高いため、ワクチンで予防できる病気は予防したほうが望ましいとされています。詳細な話はお医者さんが分かりやすく説明してくれているサイトを見たほうが良いでしょう。
反ワクチン運動について
世の中には反ワクチン運動というものが存在します。反ワクチン自体はイギリスの医者エドワード・ジェンナーによってワクチンが発明された当時からあった論調ですが、運動拡大の発端は1998年にWakefieldらの発表したワクチンによって自閉症が生じるという論文だと言われています。The Lancetという医学界のトップジャーナルに掲載されたこの論文はマスメディアによって大々的に報道され、ワクチンは危険だという情報が世界中に流れました。
実はこの論文、2010年に完全な捏造論文であったことが証明されて撤回に至っています。実際には12症例の全てでデータを改竄しており、ここ100年において最も医学に損害を与えた論文であったとされています。ただ残念ながらこのような論文を論拠として反ワクチン運動をする人がいるのが現状です。
反ワクチンの主な意見
反ワクチンを標榜する方々の意見について整理しましょう。
まず、他の薬剤と異なりワクチンは健康な人間に投与されるということがあります。病気の人間であればそれを治すための多少の副作用は許容されやすいのですが、ワクチンは健康な人間が対象であるため副反応を許容するハードルが高くなってしまいます。健康なのにわざわざ病気にするのか、ということです。
次にワクチンは予防のために行うものであることから、実際に発生した疾患に対して関連性を付けるのが難しいことが挙げられます。解熱剤とかの薬理作用は分かりやすく、投与して熱が下がれば効果有り、下がらなければ効果無しと素人でも分かりますが、ワクチンはそうもいきません。例えばインフルエンザワクチンを打った場合でもワクチンは完全な防御では無いため低確率でインフルエンザに掛かります。その場合、ワクチンにどの程度効果があったのかを個人が測定するのは不可能です。50%の確率がワクチンによって10%に下がったけれども10%で感染したというような分析はできません。ワクチンを評価するには大規模な疫学的調査が必要になるのです。
他にも世の中には反医療主義者といった自然派の方々もいらっしゃいます。彼らの視点からすればワクチンは製薬メーカーが儲けるために健康な人間に薬を売りつけているということになります。
また、ワクチン開発の歴史上、副反応が大き過ぎて危険性が高いとして使われなくなったものも確かに実在します。予防のために接種するのに病気の患者を増やしてしまっては意味がありませんので、この点でワクチン拒否をするのは極めて正しい反応でしょう。
反ワクチンの具体的な意見
次に反ワクチンの具体的な意見と実情を収集してみましょう。
まず一番多いのはMMR(三種混合ワクチン)と自閉症の関連を訴える意見です。これは前述したように元論文自体が撤回されており、残念ながら古い情報に基づいてしまっている誤った意見です。
次に多いのがインフルエンザワクチンの効果についてでしょうか。これは1990年頃の前橋レポートを論拠にしている意見が主流です。この論文によって学童集団接種が中止となったのですが、この論文もデータの処理を間違えていて、誤った結論を出したことが後に分かっています。さらに中止後の追跡調査を日米共同で行った結果もあり、それによると超過死亡率が接種中止後には有意に増加しています。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejm200103223441204
他にも海外では高齢者へのインフルエンザワクチン接種は推奨されていませんが、これは単純に高齢になると免疫を得られにくく効果が小さいためです。
最後に挙げるのは子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)です。日本では子宮頸がんによって年間約3000人が亡くなっています。子宮頸がんはHPVというウイルスに感染することで発症しますが、これにはワクチンがあり94%の有効性が証明されています。日本でも2013年に定期接種化されたのですが、その後ワクチンの副反応がメディアによって大々的に報道されたため積極的勧奨が中止されることになりました。実際のところワクチンが原因とされる副反応かどうかは統計的に有意差が取れていません。しかし積極的勧奨が中止されたこと、またワクチンを打つと副反応が出るかもしれないということで若い世代での接種率は1%以下にまで落ち込みました。オーストラリアやスコットランドなど接種率が70%を超えている国々では、数十年以内に子宮頸がんで亡くなる方はほぼいなくなると言われていますが、日本では今後ワクチン開始以前まで発症リスクが戻ると言われています。
https://www.jsog.or.jp/uploads/files/jsogpolicy/HPV_Q%26A.pdf
医学の限界
忘れてはいけないのは、医学は完璧なものではないということです。人間の体は人それぞれ違うため、薬一つ取ってもその効果は人によって変わってきます。目に見える病気を治すのならばまだ見て分かりますが、疫学的な予防となるとさらに難しいのです。それでもお医者さんや研究者の方々は少しでも多くの人々が病気に負けず健康で幸せに過ごせるよう、日夜研究や臨床に頑張っています。
私自身は場末の技術屋ですので医療との直接的な関係はありませんが、家族には医療従事者がいます。仕事がしんどい、患者が我儘だ、人間関係が辛いと愚痴をこぼしつつも患者のために必死に駆けずり回っている姿を知っています。良く知らないから、分からないから、なんとなく怖いから、と医学を拒絶するようなことは彼らの努力を無下にする悲しい行為であることを理解してもらえると幸いです。
私はワンピースに出てくるDr.ヒルルクのセリフが好きです。
「人の命を救おうってんだ…医者はみんなイイ奴さ…」