忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

イノベーションを闇雲に求めるのは目的をはき違えている

 イノベーション。言葉自体はよく聞きますが具体的な意味合いや取り扱いについては人それぞれの考えがある、少し不定な言葉です。今回はイノベーションに関する話を少ししてみます。ビジネス用語をちょっと多めに使いますが、意識が高いわけではなく説明を噛み砕くのが大変だからという、ただの横着です。

 

多角化は難しいよ?

 ある経営者のお偉いさんが語りました。あるというか弊社の話ですが、まあちょっと脚色を入れて詳細はぼかします。

我が社も飛躍的な発展のため新しい事業や分野に乗り出したい!

ぜひ既存商品とはまったく違う新しいことを技術部門から提案してほしい!

必要なのはイノベーションだ!

 経営者にありがちな多角化思考です。別に多角化自体が悪いというわけではないのですが、この言葉からはコアコンピタンスを考慮していない雰囲気を感じますしシナジー効果を考えているかも疑問です。

 コングロマリット型を除く通常の多角化というものは自社の所有する既存のアセットやリソースを活用するように展開するものであり、そのためには自社のコアコンピタンスを理解し、アセットとリソースを把握し、将来的にどのような事業化をするかを検討して、それに合ったプロダクトを創出する必要があります。

 よって一般的な多角化を進めるのであればイノベーションの順番が逆です。イノベーションを起こしてから新規事業を考えるのではなく、多角化したい新規事業を考えてからそれに合ったイノベーションを起こすのです。破壊的イノベーションと言われているものだってまったくの白紙から行われるのではなく、自分たちが持っているアセットとリソースから産み出されるものです。ソニーのウォークマンはテープレコーダー技術の転用ですし、アイロボットのルンバはロボット技術の転用です。

 多角化のためにイノベーションを起こすべきだ!という考えは入口から間違えています。まずは多角化のヴィジョンを決めて、それを達成するための方法を考えます。その方法と過程が革新的であればそれがイノベーションです。とりあえずイノベーションを出せという経営者は申し訳ないですがとても信用できたものではありません。とりえず出せという程度の言葉なら経営者じゃなくても言えます。中学生にだって言えます。居酒屋じゃないんですからとりあえずで要求するものではないのです。

 ちなみに技術も市場もないまったく新しい事業に手を伸ばす多角化はコングロマリット型と言いますが、それを上手く実行するには相当な企業体力と資本力、そして経営者の手腕が不可欠です。下手を打てばシナジー効果どころかその逆のアナジー効果が発生してしまい企業価値や経営を損ねてしまいます。

 

 というようなビジネスの常識がある以上、このお偉いさんは一体何を言い出しやがるんだ血迷ったか、という雰囲気が私たち技術部門の人間を包み込み暗澹たる気持ちになったのですが、そこはしがない雇われサラリーマンたち、お偉いさんが言うならしゃあねえ従うかと、まあ思いつく限りのアイデアを大勢で考えたわけです。その中には市場に出したら売れそうな面白いアイデアもいくつかありました。

 

 え、結果ですか?

 皆が真剣に考えた様々なアイデアが上奏された結果、ほとんどが「販路が無い」という回答で不採用になりましたよ。

 既存商品とはまったく違う新しいことを提案させたら既存の市場が使えないのは当然であり、販路が無いのは当たり前じゃないですか。何を仰られているのか、もうさっぱり。

 社員の士気を叩き折りにきたお偉いさんのことをふと思い出したので書いてみました。当時は若手技術者の間で「販路が無い」が流行語になったことを覚えています。

 

イノベーションについて

 経済産業省の定義するイノベーションは以下です。

<「イノベーション」の定義>
研究開発活動にとどまらず、
1. 社会・顧客の課題解決につながる革新的な手法(技術・アイデア)で新たな価値
(製品・サービス)を創造し
2. 社会・顧客への普及・浸透を通じて
3. ビジネス上の対価(キャッシュ)を獲得する一連の活動を「イノベーション」と呼ぶ

 前述したようにイノベーションというのはそれ単体があって動き出すものではなく、課題が先にあってそれを解決する革新的な手法とそのプロセスを意味します。

 よってイノベーションに対する経営者の仕事はトップダウンかボトムアップのどちらかです。一つはヴィジョンや課題を示してその解決方法を考えるよう促すこと、もう一つは従業員の見つけてきた課題とイノベーションの種を育てることです。

 前者はiPhoneが有名です。タッチ操作の出来るディスプレイを持った端末やそれに携帯電話の機能を加えることなどを課題として、経営者が技術者集団に開発を指示しています。後者はウォークマンが代表格でしょう。技術者がえいやと作った端末の可能性に気付いた経営者が商品化を指示しています。

 よって「イノベーションを出せ」という指示や「販路が無い」という回答はイノベーションによる多角化を指向する場合において論外な話であり、まあなんというか、オブラートで三重四重に包んだ表現で言わせてもらえば「何考えてんだ!?」という話ですよまったく。

 重要なのは革新的であることではなく、商売を通して社会の課題を解決することです。革新的な方法で社会の課題を解決するという新しい価値を産み出しているから意味があるのです。

 

 

余談

 革新的であれば良いとだけ考えると大きな誤解をしかねません。今ちょっと悪い意味で話題になっているコンサルタントの人が書いた昔の記事をいくつか読んでいるのですが、

ライバル会社のオフィスに押しかけてバットを振り回す社員がいたが許容した

というような記述があって乾いた笑いが出ました。競合他社を倒す方法としては実に革新的です。革新的であればいいというのであればこれも立派なイノベーションになってしまいます。

 もちろんイノベーションとはそういうことではなく、社会の課題を解決することが前提です。バットで競合他社のオフィスを潰すような行為は社会の課題を何一つ解決しておらず、どれだけ他社がやらない奇抜で革新的な方法であってもイノベーションとは言えません。