厳しめの論調や結論の記事が増えていると疲れを実感する。
写し鏡
当ブログは特に方向性もなく日々思い付いたことをつらつらと書き連ねているだけの雑記ブログです。そのため毎日思考したことが赤裸々に記録されていきます。
そうなると当然ですが私自身の精神状態が極めて顕著にブログへ反映されます。疲れている時は疲れている内容、元気な時は元気な内容、特に何も考えていなかった日には特に何も考えていない内容が出力されます。
とはいえ内心の自由とは読んで字のごとく内心にあってこその自由であり、思ったことをなんでもかんでも赤裸々に発信していい自由ではありませんので、外部へ出力していることを意識してある程度のお化粧を施しているつもりです。最低限読める日本語、一面的になり過ぎないような見方、とりあえずの結論、そういったものは出来る範囲で整えてから出力するよう気を付けています。適切に出来ているかはさておき。
ですが、まあ書いた私にはすぐに分かりますし、分かる人には恐らく分かることですが、読み返してみればもう明らかに自身の精神状態が反映されていて宜しくない記事も散見されます。
特に分かりやすいのは疲労やストレスが溜まっている時に書いた記事です。断定的な口調や非論理的な構成、棘のある言葉遣いや攻撃的な結論、反対意見の未提示や直接的な批判、そういった表現が多い記事は概ね疲れている日に書いたものとなります。
まあ金銭の発生していない個人の雑記ブログですので常に妥当な品質を維持することは求められていないでしょうし私自身そこまで目指してもいないところではありますが、このブログは私の外部記憶域、すなわち後々読み返して思考を整理するためのものでもありますので、なんとも私自身の健康に宜しくありません。昔書いた記事を読んで「ああ、この時は疲れていたんだな」と気付くのはなんともはや。気恥ずかしいやら気が滅入るやら。
職業病
そうなると疲れている時はブログをお休みするのも手ではあるのかもしれません。そうすればお目汚しの機会は減りますし、品質は維持しやすくなるでしょう。
ただ如何せん、私はメーカーの技術者です。品質を高めるために生産性を落とす、そんな思考は論外です。メーカーの人間であれば生産性を維持したまま品質を高めることを考えなければなりません。ラインを止めて品質改善をするなんて本末転倒の極みです。
なんてことをつい考えてしまいます。
若い頃はこういった時に「あ、職業病だ」と思ったものですが、もう10年以上社会人をやっているとあまりそう思わなくなりました。自然にそういう発想をするようになったためでしょう。もはやそれが自然体です。
それが良いことなのか悪いことなのかはまだ分からない年代ではありますが。もう学生気分はとうの昔に捨て去ったものの、まだ忘れてしまったわけではない程度の時間経過。なんとも、微妙な期間です。
結言
何はともあれ私としては毎日投稿を続けつつもほどほどのクオリティを維持する方法こそを希求するものです。量を減らして質を上げるよりは量も質も追い求めることこそが技術者の魂です、なんて言ってみたりして。
根拠も無く本能的な”なんとなく”ですが、文章は特にそういったもののような気もしています。うんうん唸って考える人よりも手を動かしてとにかく書く人のほうが伸びる、そういったものなのかなと。
もしそうであれば量を減らすよりもむしろ量は書いた方がいいのでしょうから、とりあえずは本能に従ってみることにします。
つまりは、今まで通りです・・・あれ、思ったよりも発展的な結論になりませんでした。