忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

アイデアは頭の片隅ではなく目につくところへ置かねばならぬ

 

 連休中に難しい話を書かなくなる理由、あるいは言い訳。

 

思考体力とアイデアの萌芽

 子どもの頃、「理科の勉強で疲れたら休憩として算数の勉強をすればいい」と言っていた父の言葉を「なに変なこと言っているんだ?」と思っていましたが、歳を取るにつれてその意味が分かるようになりました。今では完全に納得できる言葉です。

 これは思考体力に関連します。

 思考の持久力は肉体の体力と同様に鍛えることが可能な能力です。繰り返し使うことで体力が伸びるように、思考も繰り返し思考し続けることでその持続力を高めることができます。脳が慣れてくれば相当長い時間を思考し続けることも可能です。頭のいい人はこの思考体力が高いことが多いでしょう。

 そして充分な思考体力を持った人間が同じ物事を思考し続けていて忌避感が生じる原因は”疲労”でなく”飽き”です。疲れたのではなく退屈になるから持続が難しくなります。

 その場合は別の思考対象へと焦点を変えれば解決可能です。よって「理科の勉強で疲れたら休憩として算数の勉強をすればいい」は必要十分な思考体力を持った人間にとって妥当で普通の発想となります。

 

 でも、まだ思考体力の育っていない子どもに言うことではないような気はします。大人げないです。

 

アイデアの育てかた

 さて、このブログで書いているなんだか真面目ぶった記事の数々は、基本的に次のルーチンで書かれています。

1.発掘

 ブログやニュース、本や動画、メールやサイトなど、仕事や趣味で入手する様々な情報源から思索の種となるフレーズなりワードを抽出して頭の中に保管する。

2.構想

 仕事中や移動中などに頭のリフレッシュとして頭の中に保管してあった思索の種を取り出すと語りたいことや伝えたい言葉がいくつか形になるのでそれを記録しておく。

3.書く

 書く。

 

「そういえばこんな反対意見があるかもな」

「良いたとえ話を思いついた、これは入れよう」

「この説明を入れるために、まずはこの話をしよう」

といった風にふと思いついた記事用のアイデアがいくつか溜まったら記事の形にしています。

 

 これは大学時代に教わったやり方です。

 アイデアとは常に熱中して考えていては出てこない。それは視野狭窄になってしまうだけである。思索の対象は頭の片隅ではなく目につくところに置いておき、何度も取り出して色々な角度やタイミングで眺める必要がある。そんな感じのことを教わりました。

 要はパズルやクイズで、ちょっと休憩して戻ったらふと良い答えが思い浮かぶようにです。アイデアは広い視野を持ち異なるタイミングにおいて何度も繰り返すことで生じます。

 物事に熱中することが悪いことだと言いたいわけではありません。それが必要な時はあります。ただ、アイデアを育てる場合にはそのやり方は不向きである、そういった話です。

 

 一応私のブログにおいて意見を述べる系の記事は必ず独自の見解、すなわちアイデアを載せるようにしています。よって記事には自論たるアイデアが不可欠であり、そのアイデアを育ててから記事を書いている次第です。

 そのためには仕事中や移動中に頭のリフレッシュとして思索の種を弄くり回す時間が必要であり、連休中はそのタイミングが無いのでアイデアが育ちません。

 

結言

 つまるところ、連休中はアイデアを取り出すどころか頭の片隅にも置いておらずアイデアを育てていないので真面目な話を書くだけのアイデアストックが頭の中にない、よって真面目な記事を書かないのではなく書けない、が事実となります。

 言い訳というか、ただの開き直りです。

 

 ちなみにこの記事は完全なるフリーライティングですので上記の工程は経ていません。思いつくままの出力です。

 これも連休中の手抜き・・・雑記ブログの醍醐味です。