忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

大人は複雑な現実を扱えなければならない

 

 大人になりたくない気持ちは分からないでもないが、大人にならなければならない。

 そんな、ちょっと辛辣な話。

 

複雑さへの耐性

 社会的な対立や価値観の衝突が起きた時、人はしばしば対話を放棄して「排除」に惹かれます。論敵を誹謗中傷で責め立てる、政治的対立相手を消し去る、被害者を装って相手の加害性を責め立てる、などなど形態は様々ですが、いずれにしても攻撃をもって対話を打ち切る行為が「排除」です。

 「排除」は単なる異常性や攻撃性ではなく、むしろ人間としては自然な認知的・感情的な防衛反応です。排除は「目に見えて分かりやすい結果をもたらし」「対話よりも遥かに即効性が高く」「敵が残らないので安心感を得らえる」ことから、それに魅力を感じることはある意味で本能的だと言えます。

 なにより、対話や交渉には「複雑さへの耐性」が必要であり、それを有しない人からすれば「排除」はより魅力的に感じることでしょう。

 

 複雑さとは、矛盾や曖昧さ、多義性や不確実性を包含した概念です。

 それらを扱うためには"敵味方"のような二項対立による単純化の誘惑に抗って、構造的に物事を思考する力が求められます。それは一朝一夕に身に付くものではなく、年月と教育訓練による社会的な成熟が不可欠です。

 

アンビバレンス耐性

 複雑さへの耐性を身に付けるためにはアンビバレンス耐性を高める必要があります。

 アンビバレンス耐性とは、相反する感情や態度、両義的な状況や矛盾する情報を単純化して処理するのではなく、同時に保持する力です。

 子ども心での例え話をすれば、「お母さんはよく叱ってくる、だからお母さんは嫌い」と単純化された状態はアンビバレンス耐性が低いと言えます。対して「お母さんは好ましいところもあるけど好ましくないところもある」と異なる感情を複雑なまま同時に保持できる状態はアンビバレンス耐性が高い状態です。

 

 アンビバレンス耐性は単なる知的能力を意味しているわけではなく、むしろ社会性に関連する認知能力です。

 そして認知能力は加齢によって大きく変化します。

 どのような違いがあるかを認知的特徴や感情、他者理解などの項目で表にしました。

年齢層 認知的特徴 感情制御 他者理解 傾向と課題
幼児期 自己中心的、白黒思考 衝動的 他者視点を持ちにくい 単純化と排除傾向が強い
児童期 因果関係・分類の理解 感情の言語化が進む 道徳的判断が発達 合意の理解は進むが抽象的矛盾には弱い
青年期 抽象的思考・メタ認知 感情の複雑化と不安定さ 他者理解が深化 理想主義と排除的思考が混在しやすい
成人期 統合的思考・多視点保持 感情の統合 関係性の構造理解 アンビバレンス耐性が高まり複雑さを扱える
高齢期 経験知・直観的判断 感情の安定性 他者理解は深まるが硬直化も 保守性と寛容性が混在、個人差が大きい


 すなわち、アンビバレンス耐性は成人期以降に育まれる能力です。複雑な感情を統合し、他者との社会的な関係性を理解し、多様な視点を持てるようになることで初めて矛盾を保持する力が得られます。

 

 逆に、アンビバレンス耐性が低い人は次のような傾向があると言えます。

 まずは自己中心的です。他者の視点を理解せず自分の視点を絶対視するため、他者の立場や考えを理解しようとしません。

 次に感情優位です。感情の複雑さを統合できていないため、怒りや不安に思考が支配されて構造的な理解が困難になります。

 そして排除的です。他者理解が欠如しているため、異なる価値観や背景を持つ人を「異質」や「有害」として排除しようとします。

 加齢に伴って変化していくことを示した通り、アンビバレンス耐性が低く排除的な傾向を持つ人は認知的・社会的な成熟が十分とは言えません。

 率直な表現となってしまいますがそれは「幼稚さ」です。複雑な現実を扱うための誠実さがまだ育まれていない状態だと言えます。

 

成熟の育み方

 複雑さへの耐性を高めるためには思考習慣を転換する必要があります。

 例えば、異なる立場や主張に対して「部分的な一致と不一致」を比較検証して受け入れること。

 例えば、ある問題に関する多様な視点の情報を集めてそれぞれの利点や懸念を整理すること。

 例えば、自分の価値観や主張に合わないニュース記事などについて「なぜそう感じたのか」を構造的に分解して自らの感情的反応を抑制すること。

 例えば、自身の立場と反対の立場を交互に擁護するディベートをして論理的思考に集中する練習をすること。

 これらはいずれも感情の制御と他者理解を促進してアンビバレンスな状態に耐えられる精神を育むことに繋がります。

 

結言

 「排除」の論理は複雑さへの耐性が低い時に生じやすいものです。

 それは厳しい言い回しですが「幼稚さ」の表れであり、大人は感情的反応を抑えたうえでアンビバレンス耐性を高めて対話と理解を優先する思考習慣を持つ必要があります。それこそが大人に必要な成熟した態度です。

 複雑さへの耐性はただ歳を取れば身に付くわけではなく、訓練と実践によって育まれる"知的な筋力"だと言えます。