忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

男は気楽なもんだ、というのもバイアス?

 男っていうのは気楽なもんだ、というのは比較的一般的な感覚かと思います。私も長年男として生きていますが、多分気楽です。いえ、まあ、性別が変わったことは無いので比較できないのですが。

 今回はそんな男の気楽さについて論じてみます。

 

 この手の男女に関する社会的な話題を取り上げるのはどうにも及び腰になります。男女の差異はゼロイチでデジタル的に語ることが出来る内容ではなく例外が圧倒的に多いため、言葉の取り扱いが難しいのです。例外処理が多い要件を取り扱うのは嫌だというのは、ソフト屋さんなら同意いただけるかと。

 

男は気楽だとみんな思っている

 客観的なデータとして、株式会社オウチーノが調査した結果のリンクを貼ります。

 生まれ変わったら同じ性別でありたいという人は男女ともに46.7%であり、男が男に生まれ変わりたい理由の一位は「自由、楽だから」ということのようです。男は男であることを気楽だと思っていることが分かります。

 また女が男に生まれ変わりたい理由の上位にも「楽、楽しそうだから」が入っていること、男が女に生まれ変わりたい理由の上位には楽だという理由が入っていないことから、女は大変で男は楽だということが男女の共通見解と言えそうです。

 ちなみに話は逸れますが、生まれ変わったら異性になりたいという理由は男女ともに「経験してみたいから」が一位のようです。今の自己の性に不満があるから異性になりたいというわけではなく、好奇心が理由のようですね。

 

 男は身体的な変化が少なく安定しており、生活にもそこまでお金は掛かりません。化粧やヒールのような社会的装飾もなく、社会的な不便だってさほどありません。

 男であることはプラスが多いかと言えばなんとも断言しがたいですが、マイナスは少ないと言えるでしょう。だからこそ損得での言葉ではなく気楽さという感情で表現されているのだと考えます。

 

自殺者の差はどう説明すれば?

 しかし自殺者の男女比を考えると少し説明が付かなくなります。男は女よりも2倍以上、景気が悪い時期には3倍近くが自殺します。生きる上で男のほうが気楽なのであれば、男のほうが自殺者が多いのはどういうことなのでしょう。

 この傾向は日本に限らず、中国という例外を除いて他の全ての国で同様の傾向を示しています。高所得国のほうがこの傾向は大きく、日本はまだ男女格差が2倍程度と低いほうであり、他の高所得国では3倍を超えることもざらです。

 男のほうが自殺者が多い原因自体は心理学、社会学、生物学など様々な切り口での説明が試みられていますが、この数値的事実と、男は気楽なもんだという人々の見解にはどうにも乖離があるように感じます。 

 もしかすると、男は気楽なもんだ、というのも一種の生存者バイアスではないでしょうか。

 

気楽でない男は声を上げられない

 生存者バイアスとは、何らかの選択過程において通過することが出来た人や物事のみを判断基準としてしまう選択バイアス・認知の歪みの一種です。

 ビジネスの成功指南書やマルチ商法・詐欺における惹句が生存者バイアスの分かりやすい事例です。「これをやったから成功しました」という方法が良いように見えるのは成功者の影に無数の敗者がいることを見落としてしまう錯誤に陥っているからであり、つまりは「これをやったけど失敗しました」という人の意見が見えなくなっているからです。失敗した人は世間に声を届けることが出来ないため、生存に成功した人の声だけが世に闊歩することになります。

 同様に、「男は気楽ではない」と思っている男が存在しないわけではなく、失敗によって声を上げられなかったり自殺してしまっているために世間で語られていないだけかもしれません。「男は気楽なもんだ」と言える男の声だけが残っていて、生存者バイアスによって多くの人がそう思うようになっているとしたら、少し怖い話です。

 

余談

 少し古いニュースですが、ミャンマーのクーデターによって100人近い女性が軍の治安部隊によって殺害されたという記事を先月読みました。

Nearly 100 women killed by security forces since Myanmar coup — Radio Free Asia

 この事実は悲しいことではあるのですが、記事では民間人1400人近くが殺害されたということも一行だけ言及されているのです。つまり男性の1300人は女性の100人よりニュースバリューが低く、記事の見出しにもならないその他として扱われるのだと、少しこの世の無常を感じました。社会的な価値観やバイアスによってかき消されている男性の声というのは、実のところ深刻な問題なのかもしれません。