若手「先月の中国出張ではどこに行ったんですか?」
私「重慶と広州に行ってきたよ」
若手「そうなんですね」
私「うん、何処にあるか分かってない顔をしているね」
若手「はい、まったく分かりません」
私「まあ、異国の地理や都市の場所はなかなか分からないよね」
若手「国はある程度分かりますけど、都市は難しいです」
私「ちなみに、最近ニュースでよく見るベネズエラはどこら辺にあるか分かる?」
若手「ええと、ロシアのほうでしたっけ?」
私「うーん…」
私も人のことは言えないし、中南米、中東、アフリカあたりは難しいけども。
多分、彼はウクライナと勘違いしているのだと思います。まあ、どっちも国名がカタカナ5文字ですから、仕方がない、かもしれない。
地理の重要性
「地理」は選択科目ですので学んでない人がいるのは仕方がありませんし、どうしても暗記科目の印象が拭えず嫌いになってしまった人もいるでしょう。
と書き始めたものの、私の知らないうちに「地理」は高校の必修科目になっているようです。
実に素晴らしい。
地理は「山川・水陸・気候・人口・都市・産業・交通など、土地の状態。」「その土地の事情。様子。」を意味する言葉及び学問で、世界を様々な側面で構造的に理解するためには必須の学問です。決して暗記科目ではなく、むしろ生きた学問と言えます。
産業がどこに集まるか。
国境がなぜそこに引かれているのか。
都市がどこでどう成長し、どう衰退していくのか。
気候や資源が政治や経済にどう影響を与えるか。
こうした問いは地理の知識が無ければ複層的に理解できません。
つまり、地理は歴史や政治経済などの人文社会学を連結して立体的に理解するためのハブです。
地理的条件は交易・戦争・文明の発展と歴史を左右します。物流・市場・資源などの経済は地理的制約の上に成り立ちます。地理が全てを決定するわけではありませんが、マクロな社会においては全てに地理の要素が関連していると言っても過言ではありません。
よって人文社会学を理解する上で、或いは社会的な知見を学ぶ上で、地理の知識は基礎インフラとして不可欠です。それが無ければ表層的な情報だけしか汲み取れませんし、ニュースを見ても複雑な現実世界を理解したことにはなりません。
論理や物理を学ぶために数学の知識が必要なように、世界を学ぶためには地理の知識が必要です。
現代の社会問題だって全て地理的です。
気候変動や移民問題、エネルギーや安全保障、サプライチェーンや地方過疎化など、これらだってすべて地理的な空間条件が関わっています。地理の知識が無ければいくらニュースを見たってこれら社会問題を適切に理解することはできないでしょう。
もっと言ってしまえば、地理は数学と同程度に共通の事実ベースで議論ができる"言語"です。
歴史は各国や人によって認識の差が出ますし、政治や経済は様々なイデオロギーが存在します。
対して地理は、価値観に関係なく、共通した認知で、事実ベースで、齟齬無しに通じ、思想や信条を問わず共有できます。
理系学問では専門性の壁があろうとも数学を共通言語として意思疎通が可能ですが、同様に地理は人文社会科学の橋渡し言語として利活用が可能な学問です。
結言
全員が地理の専門家である必要はないのですが、社会を理解するためにはとりあえず最低限の地理的素養・知識が必要だと考えます。
少なくとも、地理を理解していれば国際的なニュースがちゃんと理解できるようになりますし、個々のニュースが有機的に連結しやすくなって理解が深まります。
地理は社会を理解すべき民主主義の徒における基礎インフラとして、学びを推奨すべき学問です。
余談
地理が分からないと、なんでアメリカがグリーンランドを欲しがっているかも分からないと思います。あそこはアメリカにとって地政学的な要衝です。
まあ、外交術が下手過ぎるのでアメリカを擁護はできないですが。