忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

野生動物との共存に関する学びの記録

 

 近頃は毎日のように熊のニュースを見かけます。

 私のような機械工学畑の人間はどうにもこの辺りの自然・環境・動物・生態などの学問に疎いところがありますので、具体的なところが分かりません。

 

 そういう時は専門家の見解を学ぶことにしています。

 今回は機械屋が大型陸生哺乳類に関連する論文をいくつか見て得た気付きを記録してみましょう。

 

異なる視点

 まず第一に、自然環境系の学者は"保全"を重視していると感じました。

 熊の生息域拡大に伴う人間との衝突頻度の増加についても、「人間社会の危機」と単純化するのではなく、「共存の達成を潜在的に危うくするリスク」と捉えるようです。

 たしかに私のような素人は人間の直接的な危険ばかりが目に付いてしまいますが、生物多様性や生態系を安定的に維持することの長期的な利得を理解している人からすれば、安易な否定的認識や報復的な殺害・駆除のほうがむしろ課題とされるのも妥当なのでしょう。

 過去の人類史を鑑みて肉食動物と環境を共有することはむしろ自然であったと言えます。現代においても、サバンナや森林地帯では肉食獣との競合や危険を避けつつ共存する環境が当たり前のように存在しているように、人間がいる地域であってもライオンやヒョウを絶滅させる必要があるわけではありません。共存を前提とせず排除すべきだと考えるのは都市に住む近現代人だけの常識なのでしょう。

 要するに、「熊が増えたから熊を減らすべきだ」では短絡的に過ぎる発想であり、重要なのは衝突の緩和なのだと思いました。熊が多くなったとしても人間社会と衝突しなければそれは問題ではありません。逆に熊が少なかろうと衝突が起こるのであれば問題です。数の大小ではなく衝突それ自体を問題と設定するのは納得のいく考え方かと思います。

 頂点捕食者を積極的に狩り尽くせば中型生物の増加に伴う草花・水源・土壌への被害や感染症の増加が無視できなくなるでしょう。生態系のバランスが崩れれば自然全体が死んでしまい、それは人間にとっても看過できない影響を及ぼしそうです。

 

 とはいえ共存には大きな課題があります。

 総合的な功利主義からすれば景観に肉食動物を増やす政策が支持されますが、ローカルな地域では生活や安全に対するリスクを理由に自分たちの景観を肉食動物と共有したがらないためです。自然と人間社会の境界線はある種のNIMBYであり、現地の人々が安全を求める気持ちは自然なものでしょう。

 共存のための施策としては、個体数の増加と減少のどちらへ対処するかに依りますが、経済的補償やインセンティブ、情報キャンペーン、空間ゾーニング、畜産業の技術的変更、野生の獲物となる動物の個体数の回復、大型肉食動物の限定的な狩猟の許可、野生動物との相互適応など多岐にわたります。

 いずれにしても専門人材・専門機関・情報プラットフォーム・科学的分析・資源利用システムの不足が課題です。

 

 日本における大型陸生哺乳類の衝突増加は意外と世界的な関心事のようです。

 たしかに都市部への人口集中、少子高齢化による人口減少、それらに伴う土地の放棄と大型陸生哺乳類の生息域拡大は必然的な現象であり、日本はその中でも最先端を進んでいる国である以上、他の先進国からすれば今後の対策を考えるために注視すべきモデルケースなのでしょう。

 

結言

 安易に「危険だからとっ捕まえてしまえばいい」などとつい考えてしまいますが、KPIは個体数の減少ではなく衝突の回避と考えると、少し見方が変わるかもしれません。

 もちろんそれは「熊を絶対に殺すべきではない」とした意味ではなく、衝突リスクがある場合は駆除を含めた回避が必要です。

 しかしそれ一辺倒ではなく、”報復的な殺害・駆除”に終始しないバランスの良い施策が長期的には必要なのでしょう。短期的な衝突回避と長期的な共存戦略は分けて考える必要がありそうです。

 

 

余談

 それはそれとして、ジビエは時々食べると美味しいと思っています。

 熊鍋は二度ほど食べたことがあり、物珍しさもあって美味しかったです。