忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

「無知だから陰謀論に陥る」と"考える人"の危うさ

 

 他者を愚かだと思い込むのは、とてもリスキー。

 

情報の量や正誤とは因果関係にない

 「陰謀論にハマるのは愚か者」「無知だから陰謀論に陥る」と言った言説をインターネットで不定期に見かけます。

 感覚的・直感的には同意したくなりますが、実際は知識の多寡や情報の正誤に関わらず、陰謀論は誰もが囚われる危険があります

 

 正しい知識を持っていれば陰謀論は避けられると思い込む方がむしろ危険です。

 もっと言えば、「無知だから陰謀論に陥るのだ」とつい考えてしまう人間の直感にこそ陰謀論の入口があるのではないかと懸念しています。

 

前提の誤り

 【無知】→【教育】→【理性】に基づく近代以降の啓蒙主義的モデルで考えれば、以下の推論は妥当です。

  1. 正しい知識があれば正しい判断ができる
  2. 誤った判断は誤った知識から生まれる
  3. よって、陰謀論は知識不足が原因である

 しかし現実はそうではなく、同じ情報を受け取っても人によって異なる解釈をしたり、正しい情報を受け取ってもそこから間違った判断をすることがあります。

 これは極端な話、「私のコピーが居れば、私と同じ判断をするだろう」と言っているようなものであり、実際には経験や体験も含めて全ての知識が同じ人は世界に存在しない以上、まず意味の無い思考実験です。

 

社会問題の自己責任化

 人が陰謀論にハマってしまう理由は様々ですが、社会的不安の増加、社会制度への不信感や社会からの孤立、言論空間の分断など、社会的な構造に起因することも多々あります。

 それらを無視して「個人の無知」に原因を求めてしまうことは、複雑な社会問題を個人の自己責任に矮小化してしまうことと同義です。

 もちろん個人の責が無いわけではありませんが、そこを責めても問題の解決には繋がらないでしょう。

 

優越感の鏡像

 さらに厳しい視点として、他者の無知に原因を求める人はしばしば次のような考えを内面化している場合があります。
  • 自分は"無知ではなく正しい知識を持つ側”にいる
  • 自分は”愚かではなく騙されない側"にいる
  • 自分は"非合理ではなく理性的な人”である

 露悪的な表現を用いれば、自身を優位な知識人・エリートであると定義するために他者の無知を強調している構造です。

 

 そしてこれはある意味で陰謀論の入口と言えます

 「自分は正しい知識を持っている」と考えることは、陰謀論者が語る「自分は真実を知る側だ」と極めて鏡像的な考え方だからです。

 

結言

 「無知だから陰謀論に陥る」と考えることの誤りは、次のように整理できます。

  • 知識があれば正しい判断ができるという誤解

  • 社会問題を個人の責に還元する傾向

  • 階層的な世界観

  • 善意の啓蒙主義と無自覚なエリート主義

 そして興味深いのは、陰謀論者が持つ「自分は真実を知る側だ」という構造と、実は鏡像関係にある点です。

 まさしく、陰謀論は誰でも陥る危険があることの証左と言えるのではないでしょうか。