忘れん坊の外部記憶域

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エラーは組織によって引き起こされる~エラーの発生とその防止について

分掌とは

 分掌とは仕事や事務を手分けして受け持つこと、つまりは分担のことです。一般的な組織では職務に対してそれぞれが果たすべき職責や必要な職権を明確にするために個別の部門・部署や役職について仕事の内容や権限・責任の範囲を定義し明文化した職務分掌や業務分掌を規定しています。

 簡単に言えば、「この仕事はあっちの仕事」「あの仕事はこっちの仕事」「これは君の仕事、それは彼の仕事」というのをはっきりするためにルールを決めているのです。

分掌の範囲と組織の盛衰

 分掌の範囲は組織の盛衰と連動しています。

  • 立ち上げ期:構成員の人数が少なく、仕事の分担が明確になっていないため、誰もが全ての仕事に対応する。
  • 発展期:組織の規模が大きくなり、それぞれの人で仕事が分業されるようになる。重複した領域はそれぞれが自分たちの仕事として協力して対応する。
  • 成熟期:組織の構造が固まり、業務は完全に分業化される。
  • 衰退期:人員が入れ替わり、分業化された仕事しか知らずに重複領域の仕事が分かる人が居なくなる。重複領域の仕事では部署間での押し付け合いが発生し、隙間業務となって業務進行を阻害するようになる。

  衰退期に入った組織における隙間業務は組織活動の大きな阻害要因です。その隙間業務を埋めるために新しい部署を作ることもありますが、結局はその部署にも隙間ができていくことになります。

 エラーはこの隙間業務で発生しやすくなり、誰も業務を知らなくなってしまったためにリカバリーが行えない領域であるためそのエラーは組織にとって致命的なものとなり得ます。

エラーを防ぐには

 無事故企業、有名なところではデュポンやカンタス旭化成などですが、このような企業は隙間業務を無くすために様々な努力を払っています。

 その一つとして、彼らは組織の老化を防ぎ隙間を避けるための仕組みやカルチャーを持っています。具体的には次の2点が組織のカルチャーとして必要になります。

  • 他人の仕事に口を挟める雰囲気(アサーティブな社風)
  • 業務を引き受ける積極性

 誰だって自分の仕事に他人からケチを付けられれば腹が立ちます。

 正直に言ってしまえば、他人の仕事に口を出しても個人が得られるものはありません。相手のレベルが高ければ口出しのほとんどは無意味ですし、同レベルであれば効果のある口出しは難しく、低レベルではそもそも助言の意味すら理解されない可能性があります。相手を怒らせておいて得るものは無いのであればやるべきではない、というのも正しい意見です。

 

 しかしどのような人でもミスを犯すことを忘れてはいけません。ヒューマンファクターの観点からすると、他人の仕事に口出しをしない状態は事故やエラーを引き起こす大きな要因とされています。テネリフェ衝突事故やチャレンジャー号爆発事故のような
重大事例を引き合いに出さずとも、他人のミスに気づいていてもそれが伝わらないコミュニケーションエラーを起因とした事故の事例は枚挙に暇がありません。
 危険だと思っていたが上司に言えなかった、部下に指摘されたが聞く耳を持たなかった、聞いてもらえれば言っていたのに、ということは残念ながら世界中どこでも頻繁に発生してしまっています。

 軋轢(コンフリクト)を避けることは容易です。他人の仕事に対して見て見ぬふりをすればよいだけです。しかしそれでは組織の老化は止まらず、「幸運な無事故期間」をいずれは終えて、大きな事故・エラーを起こすことになります。無事故企業は「風通しのいい職場」「何でも言える環境・組織」を企業文化として持っています。それは偶然では無く、彼らが苦心して作り上げたヒューマンエラー防止策・管理手法なのです。
 摩擦・軋轢・コンフリクトがあるのが健全な組織なのです。

 

 「岡目八目」というように、第三者視点のほうが当事者よりも物事が良く見えることがあります。ヒューマンファクター学ではこれを「Fresh eye」といいます。人の仕事に口を出せない雰囲気ではこれがまったく発揮されません。

「後から来て余計なことを言うな」
「これは私の仕事だから黙ってろ」
「俺たちは最初から頑張っていて大変だったんだ」(サンクコストバイアス)
このような雰囲気では、「和」を保つために遠慮して口を出さないことになります。最悪の場合、後から「私はこう思っていたのに」とエラーを防止できる機会を失ってしまいます。

 当然ながら若手が人の仕事に口を出すのは大きな勇気が要ります。ベテランも若造の意見を聞くにはプライドを横に寄せなければいけません。言えない・聞けないのは個人の責任ではありません。人間ならば誰でも当たり前の感情です。しかし、だからこそ、組織は労力を払ってでも言える雰囲気、さらには言わせる雰囲気を作るためのカルチャー作りをしなければいけないのです。
 「悪魔の代弁者」を恐れてはいけません。

 

 同時に、業務を引き受ける文化が必要です。

「これは間違えてるよ、でも直すのは手伝いません」では言われた側としても腹が立ちます。何もしないなら黙ってろ、となるのは当然です。「これはこう直したらどうだろう」と正しい方法を教えてあげたり代わりにその仕事をやって見せて教えることが必要です。

 部署を跨いでこのようなコミュニケーションを取るには他部署の仕事を理解する必要があります。そのためには、隙間業務を積極的に引き受けるカルチャーが必要です。隙間業務は部署を跨ぐ、つまり両方の業務を学ぶことができる絶好の機会です。

「これは私の仕事では無い」
「この仕事はお前の仕事では無い」

この言葉が出るのは分掌を超える権限やカルチャーが組織に無いからであり、やはり個人の責任ではありません。良いカルチャーを作るのは、組織経営者の仕事です。