忘れん坊の外部記憶域

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政治思想と戦争を結びつけるべきではない

 先日「日本が右傾化することによって戦争の危険が高まる」という言説を見かけました。少し気になったため簡潔にまとめてみます。戦争の善悪についてではなく、原因に関するまとめです。

右派左派と戦争に相関は無い

 先の戦争において、日本は右傾化による強いナショナリズムを軸として諸外国と戦争をしました。当時ナショナリズムが弱かった国などありませんでしたが、日本が右傾化による国粋主義を軸としていたのは事実です。

 では左傾化すれば戦争は起きなくなるのか。歴史を辿れば簡単な話で、これには有名な実例があります。フランス革命後のフランス第一共和政におけるフランス革命戦争です。

 フランス革命のような革命が伝播することによって王権の地位を脅かされることを恐れた一部の周辺諸国の王・貴族はピルニッツ宣言と呼ばれる共同宣言を出しました。この宣言はフランスに対する武力行使を示唆したものではありましたが、実際には外交辞令であり戦争の意思も準備もありませんでした。しかしフランス革命政府ではそれに対抗する形でジロンド派と呼ばれる強硬な左派勢力が権力を握ることとなり、最終的にはフランス革命政府からのオーストリアへの宣戦布告によってナポレオン戦争へと続く長い戦争が始まることとなりました。ジロンド派は自由主義・共和主義を政治思想とする左翼・左派政党です。つまり左傾化したからといっても戦争は起こり得ることの一つの実例といえます。

 もっと簡単な歴史の例で言えばアメリカを見れば分かります。二大政党のアメリカ政治では基本的に民主党が左派的、共和党が右派的という分類になりますが、どちらが政権運営を担っている場合でもアメリカは戦争をしています。第二次世界大戦後の主要な事例をあげると、民主党政権下では朝鮮戦争やベトナム戦争、共和党政権下では湾岸戦争やイラク戦争に参戦をしています。その他にも大小の戦争にアメリカは関わっていますが、同様に両政党によるものです。

戦争は政治思想によって起きるものではない

 以上の事例より、右傾化・左傾化に関係なく戦争は起こることが分かります。鎖国をしていた日本の江戸幕府は国粋主義的な右派政権といえるでしょうが対外戦争は起こしていません。反対に、歴史を辿ってみると戦争をしていない左派政権のほうが探すのは難しいくらいです。戦争の口実・対外的な表明として右派左派が用いられることはありますが、それが戦争発生の原因であることは極めて稀であり、戦争原因の多くは別のところに存在します。

 古代ギリシアの歴史家トゥキュディデスは戦争の原因となる3要素として、恐怖(Fear)名誉(Honor)利益(Benefit)があると定義しました。フランス皇帝のナポレオンはここから名誉を除外して「人間を動かす二つのてこは、恐怖と利益である」と述べています。彼らの述べる人間の動機には政治思想は入っておらず関係していないことが分かります。もちろん政治思想が極まれば名誉(Honor)に関連することは考えられますが、それはやはり遠因であり政治思想が主たる原因とは言えないでしょう。

 先の例で言えば、フランス革命戦争はフランスが諸外国に侵攻されるという恐怖、そして革命によって得た市民や革命派の利益を守るために戦争が始まりました。その他の戦争も突き詰めていけば恐怖、名誉、利益によって説明することが可能です。

政治思想と戦争を結びつけるべきではない

 確かに先の大戦では右派政権によって戦争となりましたが、左派政権であれば戦争が起きないというわけではないことを説明しました。右派だったから戦争になったというのは因果関係にはないのです。「右派だと戦争になる」と誤認するのは危険であり、現実的な戦争回避の手段を見失わせてしまう可能性があります。

 戦争回避に必要なのは政治思想の左右ではなく、外交努力によって両国民の恐怖を取り除くこと、宗教や暴力による名誉を求めないような教育をすること、双方に利益をもたらすような関係性を構築すること、というような現実的な方法を取らなければいけません。

 どれか一つでは駄目であり、全てを並列的に実施する必要があります。第一次世界大戦の前において、ドイツは欧州での圧倒的な債権国でした。戦争をしたら貸した金が返ってこないためドイツは大損をすることから、利益を考えればドイツはフランスに宣戦布告することなど考えられないと言われていました。結果どうなったかは歴史が知る通りです。

 こういった現実的な思考を遮断しかねないことから、やはり政治思想と戦争を結びつけるべきではないでしょう。