日本が中国やロシアと手を組んだ場合、アメリカが敵になりえると以前の記事で書きました。
日本が中露の権威主義陣営に付くとなれば、少なくとも自由主義陣営の国とは疎遠になります。疎遠になる程度であればまだマシで、アメリカが敵になることすら覚悟する必要があると考えます。
あまり強い言葉を使うのは好みではありませんが、もう少し直接的に言えばアメリカは確実に敵となります。そしてその場合、戦争リスクが跳ね上がります。
露骨な表現で言い換えると、「日本はアメリカの支配から抜けて中国と手を結ぶべきだ」的な意見は「これから戦争に向かっていこう」と同義だとすら思っています。
そう考える理由について、少し古典理論ばかりではありますが分かりやすい理屈を用いて説明してみます。
なお今回の話はアメリカが好きとか中国が好きとかそういった好みの話ではなく、単純な情勢の話のみです。
まあそもそも国際関係の話をする時に国家の好き嫌いが出てくるのはおかしな話ですので、意味の無い前置きではありますが。
覇権安定論
国際関係論における理論の一つに覇権安定論(Hegemonic stability theory)があります。大枠で言えば「覇権国がある場合、国際システムが安定し続ける可能性が高い」とする理論です。
これは経験則です。実際、パクス・ロマーナ/シニカ/ブリタニカ/アメリカーナなどなど歴史の実例は多数あります。
もちろん国際システムの安定は覇権安定論のみで説明できるものでもありませんし、覇権国家が無くとも安定している地域や時代はあります。
しかしいずれにしても強大な覇権国家があると国際システムが安定することに対しては経験則的に事実であると認識されています。
この理論は逆説的に「覇権国家の権勢が相対的に衰える、あるいは覇権国家へ挑戦できる強大な国家が現れると国際システムは不安定になる」ことを意味します。
この”不安定”は必ずしも戦争へと至るわけではありません。パクス・ブリタニカのように第一次世界大戦へと至った場合もあれば、パクス・アメリカーナのように冷戦が熱戦へと発展せず覇権国家の権勢が継続される場合もあります。
これは要するに古典的なバランス・オブ・パワー(勢力均衡)理論の延長線です。勢力均衡論も決して普遍的な真理ではなく、むしろ国際関係を限定的にしか説明できないものの、諸国のパワーバランスが崩れた場合は戦争に至り得ることはやはり経験則として認められています。
非常に原始的な例えを用いるのであれば、国際社会はアナーキーですので猿山と同じです。強大なボス猿が居る時は他のオス猿は大人しくなります。しかしボス猿が衰えたり他に強力なオス猿が現れた場合は相対的なパワーバランスが崩れてボスの座を巡る争いが生起しやすくなる、それと同じです。
日本の立ち位置
古典的な勢力均衡論に基づくと、覇権国家でない国は各自で武装したり同盟を結んで均衡を保つか、あるいは覇権国家へ追従してその支配下へ収まることを選択します。前者はバランス行動、後者はバンドワゴン行動と称されます。
日本はバンドワゴン行動を取っているとされている国の一つです。覇権国家アメリカと連携していますのでその評価は妥当でしょう。
日本がアメリカへのバンドワゴンを止めて中国へ付くとどうなるか。
その場合、太平洋のパワーバランスは大きく変化します。アメリカからすれば太平洋の全域へ展開していた軍事プレゼンスに穴が空くこととなりますし、中国からすれば第二列島線の確保に成功してアメリカと直接的に相対することとなります。
それはつまり、未だパクス・アメリカーナで辛うじて平和が維持されている東アジア地域の勢力均衡、そのバランスを致命的に崩壊させて国際システムの不安定化をもたらす引き金を日本が引くことと同義です。
地政論からして、アメリカが覇権国家であり続けるためには太平洋の支配権が不可欠です。アメリカの覇権性は大西洋と太平洋の両方を支配している島国としての特性によって支えられています。
そして太平洋戦争とは名称の通りにアメリカと日本が太平洋の支配権を巡って争った戦争です。
つまりアメリカは覇権国家としての立場を維持するために太平洋の支配権を確保したいと考える動機があり、そしてそのためには戦争すら辞さない国だということは留意しておかねばなりません。
以前の記事でも書きましたが、アメリカは戦争をしない国だと信じている人は、まあそうはいないでしょう。
このような単純な理屈により、日本が立場を変えると東アジアの勢力均衡が大きく崩れ、覇権安定論に基づき地域が著しく不安定化します。
少なくともそれは、今現在の薄氷ながらも平和を維持できている東アジア情勢と比較すれば遥かに戦争へ近い状態です。
結言
フィリピンがアメリカと中国の双方に良い顔をしていても問題にならないのは、フィリピンは土台の部分で親米であること、そしてフィリピンの規模ではパワーバランスに大した影響がないためです。
残念ながら日本は規模が大きすぎるため、日本のポジション取り次第で東アジアに戦争が起こりえます。戦争を遠ざけるためには少なくとも勢力均衡を不用意に乱すようなことは控えたほうがよいでしょう。