忘れん坊の外部記憶域

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目標設定の問題点~高い目標が必要、という幻想

 「目標は高く持たなければいけない」という言説があります。

 低い目標では成長しない、モチベーションが上がらない、イノベーションが生まれず、飛躍的な発展が無い。高い目標を設定すれば人は凄い力を発揮することができ、成長し、やる気が出る。そういった感じのものです。

 

 説得力があるような気はしますが、それは幻想です

 実際は経験則に基づくただの精神論・根性論であり、生存者バイアスによるものでしかありません。高い目標を掲げたことで大きな成果を手に入れた成功者の裏には、数えきれないほどの敗北者がいることを忘れているだけです。

 とてもとても当たり前の現実として、低い目標だから成功しないわけでもなく、高い目標だから成功するわけでもありません。甲子園出場を夢見る高校球児が皆甲子園に出られるわけではありません。どのような目標を立てた起業家がいようと5年での倒産率は60%です。高い目標を掲げて成功した人はその成果を著作等に残せますが、失敗した人は著作を残せないために記録されていないだけです。

 

 個人的な目標であればどれだけ高い目標を立ててもいいでしょう。自分の心は自分のものですので、どのようにコントロールするかは自分で決めることです。高い目標でモチベーションが上がるのであれば自由に立てましょう。

 しかし組織運営、ビジネスにおいては適切ではありません。個人の思想信条に関与してはいけないのが近代民主社会というものであり、構成員の心をコントロールしようとするのは奴隷制、統制国家と同じやり方です。やる気を強制して上手くいった事例がロクに無いことは奴隷制や統制国家の末路から学ぶことができるはずです。

 

 モチベーションは環境に大きく依存します。よって組織はモチベーションを上げるように強制するのではなくモチベーションが上がる環境作りに注力しなければいけません。 

 ブラック企業では奴隷制のように従業員に鞭打ってやる気を出させようとしますが、スタートアップ企業では従業員に鞭打たずとも勝手にやる気を出してバリバリ働いています。理由は簡単で、ブラック企業は成長や発展が見込めずに鞭打たなければモチベーションが上がらない環境であり、スタートアップ企業は成長と報酬が見込めて勝手にモチベーションが上がるイケイケの環境だからです。

 どれだけバイタリティがある人でも窓際族に追いやられてはモチベーションなんて上がらないことは明白です。やる気が出やすい出にくいは個人差がありますが、まずはやる気を出せる環境作りが必須かつ最優先なのです。

 

 日本を代表する偉大な経営者の稲森和夫氏は高い目標を持つべきだと語っています。これを誤解して「高い目標を持たなければいけない」と従業員に強制する経営者が後を絶ちませんが、稲盛氏は鞭打ってやる気を”出させて”いたわけではありません。高い目標に向かって邁進する稲盛氏に惚れ込んだ従業員が、彼と一緒に頑張ろう、皆で盛り立てよう、とやる気を”出した”ために彼らは成功しました。全ては稲盛氏の人間的魅力や才能に拠って生まれた環境があったためであり、高い目標を立てたから従業員が付いてきたわけではないのです。稲盛哲学や経営手法を真似した経営者は恐らくたくさんいると思いますが、皆が成功しているわけではないでしょう?

 

 やる気やモチベーションは環境に依存する、なんてよく考えなくても当たり前の話ですし、皆分かっていることです。それなのになぜ環境を作らずに「高い目標」なんてものでやる気を強制しようとする言説がまかり通っているのか、とても不思議です。

 あ、タダだからか・・・