忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

企業の体質はトップによって決まる~技術屋から見た不祥事

 製造業の不祥事が続いています。過去を遡れば極端に件数が増えたわけではないのですが、2017年の神戸製鋼のデータ改ざん事件を契機として大手メーカーが相次いで不正・不祥事を報告していることから日本の製造業全体の信頼度が低下していることは事実です。直近であれば三菱電機の不正検査とそれによる社長の引責辞任が話題となっています。

品質不良と検査不正の違い

 不正を擁護するわけではありませんが、ここ数年の大手メーカーによる不祥事の多くは品質劣化を隠蔽するような品質不良問題ではなく、品質を担保する検査手順の省略や簡略化といった検査不正問題です。今回の三菱電機による鉄道車両向け空調装置においても、製品の品質が悪いことが問題になったわけではなくその品質を検査する手順を勝手に簡略化していたことが問題となっています。

 簡単な例で言えば、牛肉に豚肉を混ぜて売っていたのではなく、出荷前にそれが本当に牛肉であるかの検査を行っていなかったようなものです。三菱電機の空調設備は少なくとも35年間大きなクレームに発展していなかったことから、ちゃんと検査はしていなくても牛肉を使ってはいたわけです

 もちろんこれは非難されるべき事案です。出荷前にちゃんと検査することを顧客と約束しているのですから。ただいくつかのメディア報道で品質問題と誤解されるような報道がなされているため、その点は注意が必要だと伝えたいです。これは品質低下という製造技術レベルの話ではなく、顧客との約束を守っていない企業体質の問題です。

不正を行った原因

 製造業における検査工程は品質の砦です。この防御壁が突破されてしまうと不良品が市場に流通してしまい、企業の信頼が失墜することになります。よってこの検査に関わる部署の人間はとにかく変化点を嫌います。不良の多くは変化点から発生することを熟知しているからです。検査工程を変更するなんてとんでもない話で、コストと納期の許す限りしっかりきっちり変わらないやり方で検査をしたがるものです。

 現場作業者が作業効率化のために検査を減らしたいと言っても品質保証に関わる部署の人間はまずそう簡単にOKなど出しません。この手のボトムアップでの改善提案は上に持ちあがっていくにつれて「それで品質は大丈夫なの?」「その変化点が大丈夫だというエビデンスは?」と品質部門のお偉いさんの猛烈な抵抗にあい消えていくものです。

 私は技術部門の人間ですが、検査の簡略化や省略なんて現場から相談された場合は申し訳ないですがまずはNoを突き付けます。もちろん一緒にデータを取って問題が無ければ変更の手伝いをしますが、どれだけその変更に問題無いかというデータを積み上げても品質部門の承認を得るのは至難の業です。確実に安全で、不良が出なく、極めて費用対効果が高くない場合はまず弾かれてしまいます。品質管理の理想はコピーイグザクトリー(完全な複製)、変化点を完全に管理し、あわよくば変化点を作らないことだからです。

 品質関連部門の内部の人は変えたがっていないのですから、この手の品質保証体制を破壊するのは内部からの力ではありません。それは営業部門からの納期圧力や原価部門からのコスト圧力、そしてなによりコストと納期を品質よりも優先することを容認する経営陣からの外部圧力によって崩壊します。

企業の体質はトップによって決まる

 ある部門の意見を他部門が押し止められないような事態はまず人間関係、つまり部門における役職者の政治力や立場の差に起因します。このような力の差異や傾きを権威勾配と呼びます。

 企業において部長や支店長のような偉い役職者を任命するのはもっと偉い人、経営陣です。よって役職者間・部門間の権威勾配を構築しているのも経営陣ということです。つまり品質部門が押し負けるような権威勾配を作っているのは経営陣なんです。本気で品質を重視しているのであれば組織内での政治力や立場が強い人をそこに配置すればいいのです。そうしていないということは、経営陣が意図していようといまいと「品質以外を重視している」というメッセージを組織内に発しているも同然です。

 トップの行動に関する例としては、世界一安全な航空会社として有名なオーストラリアのカンタス航空が分かりやすいでしょう。カンタス航空では安全に関する資料は全てまず社長に回覧されており、社長直々に細かくコメントが書かれるそうです。また安全に関する予算は優先的に支出されています。カンタス航空の安全憲章はシンプルに、"Safety before schedule(安全はスケジュールに優先する)"の一文です。これは80年以上変わっていません。カンタス航空では安全が第一なんだということを、トップのメッセージだけでなく実際にトップが何を変えて何を変えないかという行動で示している良い事例です。

 今回の三菱電機の事例も分かりやすいです。品質第一と謳ってはいても実際には検査工程の簡略化が発生しました。コストダウンや納期厳守という圧力に品質が屈したためであり、それを止める人事や予算支出をしなかったトップマネジメントの行動が原因です。組織の下部構成員は出世や手当のため上部構成員の機嫌を気にします。これは権威勾配が働いていますので当たり前のことです。つまり今回の事例では「品質よりもコストや納期」と動いたほうが上部構成員が喜んだからこそ、下部構成員はそれを行っていたわけです。

最後に

 不祥事が起きると「企業の体質が悪い」「企業風土が悪い」と言われます。体質や風土というと組織構成員全体の問題のように聞こえてしまいますが、実際はトップだけがそれを作ることができます。下っ端が組織の体質を変えてしまうことなんてできません。さらに言えば、よく「体質改善をしよう」なんて中長期経営計画を出す企業がありますが、それをやるのは下っ端ではなく経営陣の仕事です。組織の構成員はトップがどう判断し、どう行動しているかをよく見てそれに従うからです。トップは何を重視するかを示し、自ら率先垂範しなければいけません。