忘れん坊の外部記憶域

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「とりあえず見積を取って」の邪悪:見積はタダじゃない

 「とりあえず見積を取って」は、『自分が悪だと気づいていない最もドス黒い悪』だと思っている、そんな話です。

 

見積と価格交渉

 見積(みつもり)とは金額・量・期間・行動を前もって概算することで、売買契約の成立前や商品の生産前などで行われる行動です。

 見積は現在の日常的な場面ではあまり行われません。見積や価格交渉は車や家や保険など金額の大きな契約や長期的な契約をする場合に行われるものであり、大抵は見積と価格交渉を経ずに値札が事前に貼られた商品を購入することのほうが多いでしょう。

 実のところ、スーパーやコンビニのように商品へ値札を貼って価格を事前に提示する販売方法は歴史的に新しい販売方法であり、19世紀頃までは何を買うにしても個別に店員と顧客が価格交渉をするのが一般的でした。

 この「価格交渉をせずに商品を販売する仕組み」は近代に発生した素晴らしいイノベーションです。これによって顧客は冗長な交渉時間を費やさずに済み、販売側も店員の交渉技術を訓練するコストを削減できています。

 

 余計な話ではありますが、古代や中世やファンタジーを舞台にした物語を創作している方は、道具屋や商店などで安易に値札を出さないほうがいいと思います。お店で商品に値札があるのは当たり前なのは、とても現代人的な感覚ですので。

 

見積はタダじゃない

 前述したような日常的な小売販売での売買契約を除き、BtoB商売やオーダーメイド・受注生産の商品ではまだまだ見積と交渉の仕組みが残っています。というよりも画一的な価格基準を作ることが出来ない以上、この仕組みが無くなることはないでしょう。

 私も設計屋なんて商売をしている都合上、設計した製品を作るための部品をサプライヤーから購入したり機械屋に加工してもらうために見積を取ることが多々あります。「この材質・形状の部品を年間いくつ買いたいんだけど、いくらで加工できますか?」といったやり取りです。

 

 この見積のやり取り、私個人としてはとても慎重に行いたいと考えています。安易な見積依頼はサプライヤーとの関係性を崩壊させる危険があるためです。

 当たり前のことですが、見積をするためには人が動きます。つまり人件費が掛かります。見積をタダで作ることはできません。

 しかし多くの業界では慣習として見積は無料です。よって大抵の場合で見積を出す側は掛かる費用を自らが負担して見積を作成することになります。

 さらに言えば私は技術屋であり、サプライヤーの選定権を持っていません。製造業においてその権限を持っているのは調達屋・購買屋です。よって私が見積を依頼したサプライヤーが実際に受注を獲得できるかは調達屋の胸三寸次第です。

 

 つまり、安易な気持ちで見積を依頼すると、私がサプライヤーから”手間暇を掛けさせるくせに受注に繋がるかも分からない、とりあえずの安易な気持ちで見積を依頼してタダ働きを要求してくる奴"と認定されるリスクがあります。

 そうなってしまっては相手の出してくる数字をこちらは信用できなくなりますし、相手もこちらの話なんか聞き流すほうがマシだと思うような状態に陥り、真っ当で建設的な関係を構築できません。サプライヤーと関係性を構築できない設計屋はロクな末路を辿れない以上、それは避けたいものです。

 だからこそ見積を依頼する時は事前に調達屋へ話を通し費用を払うなり受注の確約を取るなどして、サプライヤーがタダ働きとならないよう注意して行動しています。

 「とりあえず見積を取って」と軽い気持ちで言われたとしても、それを真に受けることなんてしません。

 

ざっとで良い見積なんて無い

 もちろん製品設計を承認する側からすれば、製品の概算価格を知りたい、そのためにざっとで良いから見積結果が欲しい、と思う気持ちがあるのは分かります。

 ただ、ざっとで良い見積なんてこの世には存在しないのです

 見積は語義的には概算ですが、口頭で述べるざっとした見積に商取引上の意味などなく、見積結果の文書が当然必要になります。そして作成された見積書は後々まで尾を引くことになるものです。

「最初はこの見積額を提示したじゃないか、今更変えるのか?」

「いや、これはざっとの概算見積ですので」

「もうこの価格でこっちは動いてるんだ、この価格でやれ」

なんて、よくある光景です。

 

 だからこそ「ざっとで良いからとりあえず見積を出してよ」なんて言い分を素直に受け取ると痛い目を見ますし、「とりあえず・ざっと」を信じる人なんてベテランには存在せず、しっかりした見積を作ります。

 そしてしっかりした見積を作るためには当然費用が掛かるわけで、そんな費用の持ち出しを安易な気持ちで依頼するのは失礼どころか邪悪ではないかと思っている次第です。

 

相見積はもっと邪悪

 相見積とは同条件の見積を複数の業者・サプライヤーに依頼することです。

 相見積をする理由はいくつかありますが、大抵の場合は一番安い価格を提示するサプライヤーを探すことが目的です。

 それはつまり、受注を取れたところ以外のサプライヤー全てに余計な費用負担を強いる行為です。とても邪悪です。

 だからこそ相見積を取る時は極めて慎重に、マナーを守り、相手にちゃんと情報を伝えて一方的な振る舞いとならないよう気を付けなければならないと思うのですが、世の中にはとても安易な気持ちで「とりあえず”あいみつ”取っといて」と言う人の多いこと多いこと・・・他者に負担を強いる際はせめて自覚的であったほうがまだマシだと思う次第です。

 

結言

 見積はタダじゃないのですから、安易な気持ちで見積を強いるのは止めましょう。

 

 

余談

 見積は無料が当然、という商習慣がそもそも悪いと思う。