忘れん坊の外部記憶域

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教育の見極め:内容よりも姿勢で人やコンテンツを選んだほうがいい説

 ビジネス分野において、新人教育系の話はメジャーなコンテンツです。インターネットでも書籍でも、様々な業種・職種・視点からの提言や見解、方法論やマインドの話が日々繰り広げられています。

 教育には一家言ある人も多く、この手のコンテンツのコメント欄ではそれぞれの立場から各種異論や賛否の声が飛び交うのも日常的な光景です。

 私もこの手のコンテンツにはとても興味があるため、特にコメントは残しませんが見かけたらどんな内容でもつい読み耽ってしまいます。

 

 今回は教育に関する自論を述べていきます。特に大した話ではないです。

 

正誤の判定は付かない

 そもそもですが、教育に正解はありません。

 Aさんに向いている方法がBさんに合うとは限りませんし、Cさんのやりやすい方法がDさんに適しているわけでもありません。厳しいほうが向いている人もいますし、優しいほうが向いている人もいます。厳しくするのが苦手な人もいれば、優しくするのが苦手な人もいます。簡潔に短くまとまっているほうが分かりやすい人もいれば、長くとも手取り足取り詳細を教わるほうが理解しやすい人もいます。

 だからこそどんな意見に対しても賛否双方の声が沸き起こるわけで、万人に適用できる画一的で絶対的な教育の正解は存在しないでしょう。

 

 よってこの手のコンテンツの摂取方法は、内容の正誤を論じるのではなく、内容から自身に役に立つ部分だけ拾い上げて活用するのが良いかと思います。

 

頼れる先を開拓することが重要

 とはいえそれは教育する側の理屈でもあります。

 教育を受ける新人側からすれば少しでも有益なやり方や方法を多く掴み取りたいと考えるのは自然なことです。

 ですが、そこで書かれている情報が役立つかどうかは前述したように人それぞれです。これは新人教育系のコンテンツに限らず、上司や先輩、教育部門や講師からの直接的な教育でも同様です。教育に正解が無い以上、なんでもかんでも鵜呑みにするのではなく自身に合った教育を与えてくれる人の選び方、選球眼が求められます。

 

 まあ、新人に選択肢はあまりないのですが。

 とはいえ教育に携わる人は何人かいるはずですので、自身に一番適した教育を与えてくれる人を探してその人の言うことを聞くのが一番です。

 なにより、頼れる先を開拓するのは社会人にとって必須スキルの一つ、かもしれません。

 

 完全なマンツーマンの場合は、残念ですが諦めましょう。

 

真剣に教えようとする人は貴重

 個人的な見分け方ですが、私は提供してくれる教育の内容で選ぶよりも、教育側の姿勢で選ぶべきだと考えています。

 なにせ完全無欠で画一的な教育の正解が無い以上、教育側が現時点で保有していて提供可能なコンテンツが「その新人」に適合するかはやってみなければ誰にも分かりません。

 だからこそ重要なのは教育側が今現在提供できる教育コンテンツの内容ではなく、『その新人』に合わせて教育プログラムを補正する行為であり、つまりは親身になって新人教育に向き合う姿勢です。

 冒頭で述べたように新人教育系の話はインターネットでもメジャーなコンテンツですが、それが多数派なわけではありません。相手に合わせてやり方を調整するような真剣に教えようとする人は貴重であることもまた現実です。大抵は教育相手を見ずに自身が持っている教育プログラムを押し付けることが一般的であり、だからこそマンツーマンや少人数クラスの塾にはそれが出来ることでの付加価値が存在します。

 よって新人は『相手が何を教えてくれるか』の内容よりも『相手がどう教えてくれるか』の姿勢を重視して相手を選んだほうがいいと私は考えています。

 

 

余談

 まあ、正直なところ、教育系コンテンツのコメント欄が荒れがちなのがあまり好みではない、ということを遠回しに述べたいだけです。

 わざわざ教育コンテンツを世間に発信してくれるような人は、もちろん自己効力感や優越感の側面がまったく存在しないわけではないにせよ、自身の持っている情報を手間暇掛けてパッケージして他者に届けるような貴重な姿勢を持っている方々ですので、何もその内容をいちいち叩かなくてもいいんじゃないかなと思っています。