忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

心はゴールデンウィークだから雑談

 心はゴールデンウィークですが、うちは5連休なので体は仕事です。(現実)

 

 「今年の大型連休 6割の企業が5連休」なんてニュースの見出しを見かけたので、今日は日記的に、思う所を軽く述べていきましょう。

 

人と比べることではない

 まあ、そもそも仕事は好きなので仕事をすることは別に構いません。その気になれば有給休暇を使って長期連休を構築しても特に問題ない職場ですので、休もうと思えば休めます。処理したい仕事があるので今回は使わないですけども。

 

 今回言いたいのは休みの長短ではなく、そもそも「大型連休は何日か」なんていちいちニュースでやるような話か?ということです。

 だって他人の休みなんてどうでもいい話じゃないですか

 そりゃ友人や身内の休みがあうかどうかくらいは気になることですが、赤の他人の休みなんてどうでもいいことです。あそこの会社は何日休み、ここの会社は何日休み、あの人は何日休み、この人は何日休み。だからなんだという話です。

 旅行など連休中の予定への影響を考えたって休暇そのものは動かせないのだからあまり大きな意味のある情報にはなりませんし、5連休未満の人が見たら腹を立てかねない見出しですし、5連休の人が見たら「4割はもっと休みなのかな?」と誤解しかねない表現ですし、フリーランスや6連休以上の人が見ても「ふーん」で終わる話であって、ほとんどニュースバリューのない情報だと思うのです。

 せいぜい愚痴を零しがちな社会人が「うちは休みが短えなぁ」と愚痴のネタが一つ増える程度のものであって、この情報が流れることによる社会的な価値はほぼ皆無です。

 

わざわざ争いの種を植える必要はない

 何よりも、この見出しが目に入ってしまったこと自体がとてもイヤなのです。

 この手の対立煽りや不満煽りになりかねないような記事は、穏健な気持ちを損ねかねないからあまり視界に入れたくないわけです。

 私は基本的に「物事は知らないよりも知っていたほうがいい派」「無知は至福否定派」ではありますが、知っていると損をする、知っていると負の感情が沸き起こる、そういった類の情報はさすがに不要だとも思います。

 

 例えばですが、先日、「保険証の番号でマウントを取ろう」といった内容のまとめブログの記事を見かけてしまいました。保険証の番号から所属している企業や組織の規模が分かるといった情報です。

 もう、本当に馬鹿馬鹿しい話じゃないですか。所属組織の規模でマウントが取れると思っている精神性の貧困さも、それをいちいち公開して煽っているような人間の存在も、正直なところ少し不快です。

 何よりも、その記事を見た後に、つい自分の保険証を見てしまい「あ、一応マウントは取られない側だ」なんて、ちょっとでも思ってしまった自分の未熟さが本当に不快です。

 

 私は製造業の設計職なので、社内で関わる人は研究所にいる大学院を出た専門家から現場にいる高卒のあんちゃんまで幅広く、社外との関わりも誰もが知る大企業の人からそれこそ社員3人くらいの小さな町工場ともやり取りをします。

 それらは別々の社会や文化を構築していますが、ただ異なるだけです。

 当たり前のことですが、企業の規模によって人の価値やランクは決まりません。特に知性や人格は企業の規模とはほぼ無関係だとすら断定します。

 確かに最先端技術を生み出すことは分かりやすいひとつの知性ですが、小さな町工場で継続的に利益を生み出すこともまた別の知性であり、現場の創意工夫で毎日安定して生産を継続することも異なる形の知性です。それらに優劣や上下はありません。互換性すらなく、まったく独立的に存在する別途の知性です。町工場のおじさんは研究所で働いても成果を出すことは難しいでしょうが、同様に、研究員が町工場に行っても物の役にも立ちません。

 

 そういったことを現実に接して理解しているくせに、企業規模による保険証の差異をふと考えてしまった、それ自体が卑しさと未熟さの表れであり、修行不足だと恥じ入るばかりです。

 

結言

 対立煽りや不満煽りをするような情報はあまり好みではありません。

 もちろん多種多様な意見があるのは良いことでありそういった意見を排除することまでは望みませんし、そういった考えがあること自体は把握しておきたいとは思っています。ただ、叶うことであればあまり目には入れたくないものです。