選挙が終わると結果について様々な論考が為されるものですが、大抵の場合は芯を外した傍論であると私は考えています。
極めて率直に言ってしまえば、選挙の結果は支配的な因子である経済で充分に説明が付くためです。
そもそも経済自体が経世済民、すなわち「世の中をよく治めて人々を苦しみから救うこと」ですので政治に関連する領分に当たります。政治と経済は決して切り離して考えることはできませんし、そうすべきでもありません。
今回は大枠としての民主主義の選挙について少し語ってみましょう。
「政経」とまとめられるくらいには近しい存在
少し昔の事例であれば自民党の安倍一強時代、あるいは2024年の衆議院選挙やアメリカ大統領選挙も同様ですが、様々な側面で切り取って議論が交わされるものの本質的な焦点は経済です。
単純な話、経済状況に問題が無ければ現状維持として与党が勝ちますし、経済に不満があれば現状打破として野党が勝ちます。
経済というと大仰な国家の債務状況的な話題に思えるかもしれませんが、ここで言う経済とはもっと現実的で具体的な手触りのある範囲、つまりは個人の財布事情レベルの話です。
大抵の人はマクロで統計的な国家経済の数値なんて気にしません。気にするのは経済学者と経営層と趣味人くらいなものです。ほとんどの人はマクロの統計データよりもミクロな自分の財布を気にします。
国家の経済統計が良ければ勝てるのであれば2024年にアメリカ民主党が負けることは無かったでしょう。バイデン政権における経済統計はどれを見ても決して悪くはなかったのですから。もっと言えば安倍政権時の省庁による統計不正だって同様で、そこまで支持率に影響しなかったのは大抵の人が国家の統計をそこまで気にしていなかったからに他なりません。
人の投票行動は体感的な経済の変化、極めて直近的な「最近生活が苦しいかどうか」「身近に感じる物価変動はどうか」が重要な因子となります。
2024年にアメリカ民主党が敗退したのは『統計的に良くてもそれは上の階層の話で、格差の下側では物価高や低賃金に苦しんでいる』ことが低所得者層の投票行動の説明となりますし、第二次安倍政権時の『仕事が無くて食うに困っている状況から、低賃金であっても少なくとも仕事がある状態を作り出す』ことが特に若年層の支持率を得た根拠の一つです。その延長として2024年の衆院選による与党の弱体は『とりあえず失業率は改善されたのだから次はもっと財布の中身を重くさせたい』と考える人々による現状打破の気持ちが大きな原動力だと言えます。
そうではないと思う方もいらっしゃるとは思いますし、事実そうではない投票行動を取る人も多数います。
ただ、選挙で常に最も重視されることは『景気・雇用』、すなわち個人の財布や個人の経済動向であることは数多のアンケートで提示されており、決して無視できる勢力ではないどころかミクロな個人の経済を重視する層が選挙における最大勢力であることは認識しておく必要があります。
結言
政治と経済は常に両輪であり、選挙とは経世済民ができる人を選ぶためだと考える人が最大勢力であるのが民主主義の選挙です。
要するに、1992年のアメリカ大統領選挙における「It's the economy, stupid(経済こそが重要なのだ、愚か者)」だと言うことです。
政治的な虚飾を主とするのは経済に困っていない一部の豊かな人だけであり、そういった層は利用可能性ヒューリスティックを避ける努力が必要になります。
実際の世の中にはそうでない人がむしろ多数です。