忘れん坊の外部記憶域

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国家安全保障の観点と、手段の誤りについて

 

 国際関係の仕事を取り扱う部署にいるためアメリカの関税騒動の影響を大なり小なり受けてしまっており、困ったものです。誰もが日常レベルですら影響を受けるとはいえ、仕事ではそこまで関わりたくなかった。

 

国家安全保障の観点

 様々なメディアがアメリカの関税に関して経済学者を引っ張り出してきて色々と話をさせていますが、正直なところあまり意味が無いと思っています。

 主流派経済学において自由貿易が善であることは半ば公理であり、自由貿易を否定する主流派経済学者なんてまずほとんど存在しませんし、経済合理性を考えれば関税を上げる行為は悪手以外の何物でもありません。

 よって今回の関税騒動に関して経済学者にコメントを求めれば「論外」「愚行」とした批判ばかりが出るのは必然的であり、そしてそれは妥当な意見です。実際に経済的観点からすればそうとしか言えないのですから。

 

 ただ、経済的な政策だからといって経済的観点からのみ切り取ればいいわけでもなく、今回の関税騒動は別の側面を見る必要もあります。現アメリカ政府の関係者コメントにおける頻出ワードの一つが「国家安全保障」であり、国家安全保障の側面で見ると少し見方が変わるでしょう。

 国家安全保障というとどうしても軍事的側面ばかりが話題となりますが、実際は非軍事的な側面を含む包括的な概念です。食料・天然資源・産業基盤・エネルギー・思想・環境・通信などなど、国家が強固であるために不可欠な要素も国家の安全保障に関連します。

 米共和党が「国家安全保障」とよく述べていることも、今回の関税措置に対して米政府から「アメリカの農家を守る」「アメリカの産業を再興する」と言ったコメントが出ていることも、そもそも米共和党が「掘って、掘って、掘りまくれ」とスローガンを掲げているのも全て同根で、彼らの主眼は経済合理性の追求ではなく強固な国家安全保障の確立であり、そのために様々なリソースを国内で自活できる状態を維持することが目的だと推測できます。関税による保護主義方針もその延長線上の政策です。

 この10年くらいで様々なシンクタンクが第三次世界大戦や米中戦争でのアメリカの敗北を予言しているように、相当数のアメリカ人が自国の国家安全保障体制を懸念していること、そしてそういった人々が米共和党を支持していることは留意しておく必要があります。

 

目的は分かるが手段は恐らく間違えている

 彼らの目的を国家安全保障体制の強靭化と仮定した場合、今回の関税政策が妥当かと言えば、まあ正直に言って及第点にすら届かないでしょう。

 たしかに関税は自国産業の保護・育成となり、いざ戦争となった時に食料や兵器、エネルギーやその他資源をアメリカ国内で自活することに資するでしょう。少なくとも中国がグローバル市場へ仕掛けている過剰生産とダンピングによる他国産業への攻撃に対する防御としては意味があります。

 ただ、経済的合理性に乏しい政策では産業構造の再編ができたとしても景気減速や購買力の悪化による根本的な国力低下を避けることができず、そして国家の経済力は国家の戦争遂行能力と近似する以上、経済の失速はトータルで見れば国家安全保障を損ねかねません

 また政治的側面から見ても悪手です。全世界的な報復を打ち出すのはアメリカの内側の理屈に過ぎず、対外的・政治的には甚だ不適切でしかありません。同盟国の信頼をわざわざ失うような政策は当然の如く国家安全保障に悪影響を与えます。せめて同盟国への報復的相互関税は止めておけばいいものを

 少なくともこの2点、政治経済の観点だけでも国家安全保障を毀損しかねないやり方であり、国家安全保障を高めるためとしては恐らく手段を間違えていると言わざるを得ません。

 

結言

 まとめると次のように言えそうです。

・国家安全保障の側面からすれば、やりたいことは分かる

・経済的側面からすると愚行以外の何物でもなく、国力低下は安全保障能力の低下に繋がる

・政治的には失策、同盟の信頼関係を毀損しては安全保障にも悪影響

 

 総評としては、政治経済の面での失敗が大きいせいで余計に国家安全保障を悪化させかねず、「同盟国がやむを得ず嫌々ながらも付いてきてくれる幸運に恵まれるか、ちゃんと根回しをして味方との関係を維持する」「細かい品目までちゃんと個別に関税率を微調整して経済的打撃を回避する」ことが必要な相当綱渡りとなる繊細な路線ですので、上手くいく確率は低いのではないかと私は考えます。そんな繊細さがあるならばこんな雑な関税政策は取らないのですから。