万能のツールは存在せず、何事も程度問題。
Philosophical razor
哲学には剃刀(Razor)と呼ばれる用語があります。剃刀とは「現象に対するありそうもない説明を排除、すなわち削ぎ落すための原理や経験則」のことです。
哲学的剃刀の中では【オッカムの剃刀】が日本で最も有名かと思いますが、次点で【ハンロンの剃刀】も知名度が高いかと思われます。
Never attribute to malice that which is adequately explained by stupidity.
愚かさで十分に説明できるものを悪意のせいにしてはならない。
この剃刀は特に昨今話題となりがちな陰謀論に対して用いられます。
例えばニュースで誤報があった場合、それに対してメディアによる情報の隠蔽や政治的な裏の意図といった誰かの悪意を探ることはあまり意味が無く、ニュース速報が本質的に持つ不正確さ、すなわち愚かさが大抵の場合で原因です。何かしらの事象が誰かしらの悪意に基づく陰謀だと必要以上に考えるのは有益ではありません。
加減は難しい
ハンロンの剃刀はシンプルかつ有益な原則ではありますが、適切に使うことは案外難しいものです。
愚かさで十分に説明できるかどうかは適宜検証が必要になります。他者が何かしらを想定する際に悪意を仮定したからといって自動的に使えるような道具ではなく、この剃刀を持つ者は悪意を仮定せずとも無能や愚昧で説明が付くかどうかを証明する必要があります。少なくとも闇雲に振り回してなんでもかんでも切断できる類の道具ではありません。
その点を誤解していると、他者に悪意のレッテルを貼り付ける人と同様、他者に愚者のレッテルを貼り付ける人に成り果てます。
「なぜ彼らはこの方策を支持するんだ → それは彼らが愚かだからだ」
「なぜ彼らはこの提案に反対するんだ → それは彼らが愚かだからだ」
これらは特に政治界隈でよく見かけるような言説かと思います。
一見するとハンロンの剃刀に基づいているように見えますが、実際には愚かさで十分に説明できるかどうかが証明されていない、無意味な言説です。「それは彼らが愚かだからだ」と末尾に付ければ物事に説明が付くと思ったら大間違いで、彼らが愚かかどうかはエビデンスが必要です。
末尾に付けるだけであれば
「政治的対立関係にある敵対勢力を愚かで反知性的だと考える人は何故そう考えるのか → それは彼らが愚かだからだ」
と循環論法になり、何の論証も行っていないことと同義です。
言い方は悪いですが、なんでもかんでも他者の悪意を疑う陰謀論者と、なんでもかんでも他者の無能で説明を付ける人は、着地点が違うだけで同じ思考パターンだと言えます。
結言
ハンロンの剃刀は「悪意の仮定による極端」を避けるための原則です。
しかしだからといってなんでもかんでも愚かさで説明していては逆側の極端に陥ることとなります。
重要なのは極端な決めつけではなく適切な判定であり、ハンロンの剃刀『Never attribute to malice that which is adequately explained by stupidity.』で重要な単語はmalice(悪意)やstupidity(愚かさ)よりもadequately(適切に、十分に、的確に)だと考えます。