忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

差別の定義と共通認識を構築するための入口

 

 まずは定義と共通認識の構築から議論を始めよう。

 

差別の定義

 世の中には差別に関する様々な言説が溢れていますが、それらの言説を観察するとそもそも差別の定義が論者によって異なることが分かります。

 例えば「マジョリティに対しての言説は差別ではない」「強者への罵言は差別ではない」「自分の意思で変えられる属性に対しては差別ではない」などが事例として挙げられるでしょう。

 何を差別と定義するかが不明瞭ではすれ違いも起こるというものです。

 よってまずは差別の定義を明確に定める必要があります。

 

 一番シンプルなのは辞書を引くことでしょう。ケンブリッジ大学のCambridge Dictionaries Onlineは次のように差別を定義しています。

treating a person or particular group of people differently, especially in a worse way from the way in which you treat other people, because of their race, gender, sexuality, etc.:

人や特定の集団を、他の人々に対するときとは異なる、特により不利な方法で扱うこと。その理由が人種、性別、性的指向などによる場合を指す。

https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/discrimination

 

 次は国際条約等です。差別に関する統一的な条約はありませんが、人権宣言や人種差別・女子差別に関する条約から差別の範囲を引用できます。

Everyone is entitled to all the rights and freedoms set forth in this Declaration, without distinction of any kind, such as race, colour, sex, language, religion, political or other opinion, national or social origin, property, birth or other status. Furthermore, no distinction shall be made on the basis of the political, jurisdictional or international status of the country or territory to which a person belongs, whether it be independent, trust, non-self-governing or under any other limitation of sovereignty.

すべての人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生その他の地位によるいかなる差別もなしに、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる。
さらに、いかなる者も、その属する国又は領域が独立しているか、信託統治下にあるか、非自治地域であるか、または主権に関して他の制限の下にあるかを問わず、その国又は領域の政治上、法的地位又は国際的地位に基づいて差別されてはならない。

https://www.un.org/en/about-us/universal-declaration-of-human-rights

 

1. In this Convention, the term "racial discrimination" shall mean any distinction, exclusion, restriction or preference based on race, colour, descent, or national or ethnic origin which has the purpose or effect of nullifying or impairing the recognition, enjoyment or exercise, on an equal footing, of human rights and fundamental freedoms in the political, economic, social, cultural or any other field of public life.

この条約において、『人種差別』とは、人種、皮膚の色、世系、又は国民的若しくは民族的出身に基づく区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他の公共生活のいずれかの分野における、人権及び基本的自由の平等な承認、享有又は行使を無効にし、又は害する目的又は効果を有するものをいう。

International Convention on the Elimination of All Forms of Racial Discrimination | OHCHR

 

For the purposes of the present Convention, the term "discrimination against women" shall mean any distinction, exclusion or restriction made on the basis of sex which has the effect or purpose of impairing or nullifying the recognition, enjoyment or exercise by women, irrespective of their marital status, on a basis of equality of men and women, of human rights and fundamental freedoms in the political, economic, social, cultural, civil or any other field.

 この条約において、『女子に対する差別』とは、婚姻上の地位にかかわらず、女子に対して性別に基づいて行われるあらゆる区別、排除又は制限であって、男女の平等を基礎として、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他いかなる分野においても、人権及び基本的自由の承認、享有又は行使を損なう又は無効にする効果を有し、又はその目的をもつものをいう。

https://www.un.org/womenwatch/daw/cedaw/text/econvention.htm

 

 アメリカ心理学会も差別の定義を提供しています。

What is discrimination?
Discrimination is the unfair or prejudicial treatment of people and groups based on characteristics such as race, gender, age, or sexual orientation. 

差別とは、人種、性別、年齢、性的指向といった属性に基づいて、人や集団を不公正または偏見的に扱うことをいう。

https://www.apa.org/topics/racism-bias-discrimination/types-stress

 

 おまけとして、日本国憲法第14条も差別を定義している一つと言えます。

第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

e-Gov 法令検索

 

 これらをまとめると、差別とは概ね次のようなものと定義できます。

「差別とは、人種、性別、年齢、障害、性的指向、性自認、宗教、出身、言語、政治的意見、社会的地位などの属性に基づき、権利の享有・機会・待遇において不利益な区別・排除・制限を行うことをいう。」

 国際的な差別の認識に基づけば冒頭で例示した「マジョリティとマイノリティ」「強者と弱者」「先天性と後天性」などは定義と一切関係がありません。属性に基づいて不利益な区別・排除・制限を行うものは全て差別となります。

 もちろんこれらは差別を生じやすくする要素であり、差別問題の文脈で決して無視できるものではありません。

 しかしそれは差別の定義とは別の話です。

 

区別と差別の峻別

 ここで一つ、定義に付け加えるべきか議論の分かれるポイントとして『合理性』があります。

 言い換えれば「区別」と「差別」の違いです。いくつかの差別の定義にも含まれているように差別とは"不利益な区別"であって、差をつけることが必ずしも差別になるかは合理性の差異によって議論の余地があると言えるでしょう。

 ただ、この利益は誰が享受するものかの範囲がまた曖昧で難しいところです。

 例えば障がい者に対する合理的配慮は平等のための区別であり、健常者にとっての不利益ですが差別とは一般に認識されません。年齢による飲酒の制限も同様に、若年者にとっては制限ですが健康や福祉のために認められています。

 アンバランスな権利を均して全体として利益の最大化が図れる場合は合理的であり、それは差別ではなく区別と概ね呼称されるでしょう。もっと細かく言えば、目的の正当性や手段の妥当性、権利侵害の不当性や代替性などが社会的に考慮されて、それらに適合した合理的な差別が区別と大抵は呼ばれています。

 

 とはいえ合理性は状況によって変わります

 それこそ人種差別や宗教差別は当時のその社会においては合理的であると認識されていたものであり、合理性は時代と社会によって変わるものです。社会の成熟に合わせて昔は良くても今は駄目になったことなど枚挙に暇がありません。かつての区別が現代の差別となることはよくあることです。

 

 このように可変的な区別と差別の範囲に対して、私たちは差別の範囲をどう定義すべきか。

 一つは『差別の範囲を広く取ること』。

 合理的な区別も含めて差をつけること自体を差別と定義し、社会的合意によって例外的に正当化される差別があると捉える視点です。「差別には悪い差別と社会的に許容される差別がある」「差別だが合理的に許容される」立場と言い換えられます。

 もう一つは『差別の範囲を狭く取ること』。

 合理的な区別は差別ではないとして、差別は全て悪だとする捉え方です。「差別は全て悪い差別であり、悪くないものは区別である」「合理的な区別であり差別ではない」立場と言い換えられます。

 大した差が無いように思えるかもしれませんが、この区分は意外と重要です。

 いくつかの観点から違いを見てみましょう。

 

 まず道徳的な明快さは分かりやすい差異です。

 「差別だが合理的に許容される」立場は、ある意味で差別を認めるような表現にもなるため分かり難くあり、「合理的な区別であり差別ではない」立場は「差別は絶対に悪であり全ての差別を許さない」とハッキリ断定できます。

 

 対して、その明快さの違いは制度運用の柔軟性や社会的対話に影響を与えます。

 「差別だが合理的に許容される」立場では差別の正当化条件を協議することで例外的に公共の福祉なり救済なりを議論する余地があります。

 反面、「合理的な区別であり差別ではない」立場は構造的差別の議論が困難となります。誰かが利益を取る以上その分誰かが不利益を被ることは多々あるため、見る視点を変えるとどのような区別であっても差別と言い張ることが可能なためです。

 障がい者に対する合理的配慮を例としましょう。

 これは障がい者にとっては利益ですが、その他の健常者に対して不利益となります。前者の立場であれば公共の福祉の観点で健常者に不利益があることを例外的に正当化可能ですが、後者の立場では「差別は絶対に悪」であり例外を認められない以上、「障がい者の利益としての区別」と「健常者の不利益としての差別」のどちらを取るかで議論がスタックします。後者を言い張れば障がい者への合理的な配慮ですら差別なので悪です。

 ちなみに、冒頭で例示した「マジョリティとマイノリティ」「強者と弱者」「先天性と後天性」など、差別の定義へ何かしらを付け加える人は後者の立場です。スタックした議論において優先度を決めるために別の属性による順位付けを必要としています。

 少し厳しい意見となりますが、このように差別の定義を付け加えて属性によって優先順位を決める行為は恣意的であり、この行為自体が差別に該当することから、個人的にはあまり推奨しない立場です。

 

 その他にも後者はあまり望ましくない特徴を持ちます。

 例えばレッテルの強度による支障です。

 全ての差別を悪だとする立場において『差別主義者のレッテル』は完全な道徳的悪を認定する強い言葉となります。

 しかし今まで許容されていたことが急に許容されなくなることもあるように実際には区別と差別の峻別は可変的であり、誰もが明日から差別主義者になる可能性すらあります。

 よって人は差別主義者のレッテルを避けるために自らの行いを差別ではないと否認せざるを得なくなり、本当は差別なのに区別だと言い張る人が現れて差別の是正に歯止めをかけかねません

 この立場は逆差別に対する配慮や構造的差別への対応が欠けることもあります。

 全ての差別を悪だとする立場において、差別を是正する処置は全て悪を無くすための善なる区別だと二項対立的に認識されます。たとえその是正措置がどれだけ過剰であってもです。この立場では実際には逆差別となりかねない過剰な是正が無分別に承認されるリスクを持ちます。

 また、合理的な理由によって決められた制度的排除は区別として認識されるため、制度化された差別を差別だと認識することが難しくなることも欠点です。

 

 以上より私個人の見解としては、差別の範囲を広く取って、恣意的な順位付けは行わず、「差別だが例外的に許容されることがある」と都度調整する立場のほうが全般的な優位性を持っていると考えます。

 

結言

 そこそこ長くなってしまいましたが、私が述べたい要点は2つです。

 

 差別の一般的な定義は以下を推奨します。

「差別とは、人種、性別、年齢、障害、性的指向、性自認、宗教、出身、言語、政治的意見、社会的地位などの属性に基づき、権利の享有・機会・待遇において不利益な区別・排除・制限を行うことをいう。」

 

 区別と差別の峻別は可変的であり、「全ての差別は悪である」とした立場は道徳的明快さを持ちますが使い勝手は良くないと考えます。

 それよりは「区分・排除・制限は全て差別だが、誰にとっての不利益かを社会的に調整した上で許容可能な差別も存在する」とし、許容範囲な差別を適宜議論して社会的合意を取るべきです。