毎日ブログを更新し続けてきましたが、この記事で1800記事になります。
5年近く続けてきたわけで、とりあえず、キリが良い数字です。
来月下旬には5周年。そちらの方が区切りとしては綺麗な気がしますが、ともかく1800日連続投稿でございます。

(直前のスクショ)
成長の変則的な実感
とは言っても、
「毎日ジョギングを頑張って偉い!」
類ではなく、
「毎日ご飯を食べて偉い!」
くらいの日常めいた感覚で書いているため、この区切りが凄いのか凄くないのか分からなくなってきました。これは凄いことですか?
凄いかどうかが自分で分からなくなってきていることは、100記事ごとに節目として書いてきた記事からも温度感で読み取れます。
最初の頃は小学生のようになんとなくの喜びを表し、途中からは中学生のようにそこまで言祝ぐことではないと斜に構え、今は高校生のように良否の判別が曖昧な捉え方をするようになりました。
つまり、投稿数÷100が精神年齢と連動している可能性。
このペースで続けば、恐らく2000記事くらいでは大学生の感覚になって、とりあえずはしゃいでいることでしょう。2300記事の時には新社会人の気持ちになっているか大学院生の気持ちになっているか、ちょっと楽しみです。
もしくは1900記事で浪人生の気持ちになっているかもしれません。怖や怖や。
通過点
この記事を書き始めた時は「1800記事に到達しました」と書いていましたが、ふと「到り達する」ものではないかと思い直しました。
1800の数字は結果であり、私の目的は"思考の継続と出力"に他なりません。1800はその目的に対して有意ではないですし、そもそも収益化すらしていないこのブログで継続日数やアクセス数は自己満足以外の意味を持たないでしょう。
これは言わば通過です。ただ通り過ぎるところであり、私が私であり続けていることの証明であって、ええと、それはつまり、やっぱり素晴らしいと褒めていいことではないかと思います。
・・・文章を書いている途中で考えが変わりました。
うん、やりたいことをやりたいようにできているのですから、それはきっと多分素敵なことです。ブログの継続それ自体はさておき、私が私であり続けていることは良いことでしょう。
結言
何はともあれ健康で余力があり、世界はそこそこに不穏ではありますが読んでくださる人が居て、家や職場が突然爆発することもなくこうして書き続けられています。とてもありがたいことです。
環境と人に恵まれている事実は、1800という数字よりもずっと大きな意味を持っていると思いました。
今後も細々と、と言い切れる文章量かは微妙なラインですが、好き勝手に思索を垂れ流していきますので、お時間がありましたらご笑覧いただけますと幸甚です。