忘れん坊の外部記憶域

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利己主義(エゴイズム)の「反社会性」

 

 非常に苛烈な主張となりますが、反社会的である一点からして、利己主義(エゴイズム)は暴力団や闇バイトと本質的に近しい思想です。

 

利己主義・個人主義・全体主義

己にとってそれが良いかどうかが重要であり、周囲や社会や慣習は関係ない、他者への迷惑や配慮よりも己個人の利益が優先されるべき

 このような思想は「利己主義」と言います。念のため整理しておくと「個人主義ではないので注意が必要です。

 利己主義とは、自分の利益が最優先で他者や社会のことは考慮しない思想です。

 その正反対にあるのが全体主義で、個人の自由よりも社会の目的や秩序が優先されます。

 それらの狭間にあるのが個人主義です。個人の自由を重視しつつ、社会との協調も前提とします。

 

 混同しがちなので「個人主義」について少し補足します。

 個人主義とは文字通り”個人”を重視する思想です。かつての村社会や王制のような「民衆」「大衆」としての括りではなくそれぞれに「個人」としての個性がある点が強調されるもので、歴史的にはそこそこ新しい思想と言えます。

 私も、貴方も、顔も知らない遠くの誰かも、それぞれ"個人"であり人権を持っている以上、それぞれの個人を尊重し合い社会構築を図ることが個人主義では是とされます。 どこまで個人を尊重するかで多少なりとも幅はありますが、いずれにしても個人を尊重する思想です。

 つまり、個人主義は「世界には80億を超える"エゴ(自己)"があり、それぞれが尊重されるべきエゴである」と考える思想であり、「自らのエゴがその他80億以上のエゴに勝ると考える利己主義」とは異なります

 

利己主義の反社会性

 反社会性は狭義で「暴力・威力・詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する性質」のことであり、広く定義すればパブリック・エネミー(公共の敵:社会にとって脅威になる者)と同義です。

 社会にとっての脅威とは、なにも物理的な暴力に限定されません。人々を騙し、法や規範を無視し、他者を犠牲にして私腹を肥やし、社会契約を破壊し、外部不経済を正当化し、公共財を貪り、ゲーム理論でも損をする選択を取り、社会の持続可能性を損ねる行為全般が反社会的であり、パブリック・エネミーです。

 反社会的活動は社会の最重要インフラである「信頼」を毀損します。取引・協力・契約・治安・政治・法・正義・公正・その他全てのありとあらゆるものは集団内の「信頼」に依拠しており、「信頼」を失った社会は持続できません。

 

 極めて過酷な物言いとはなりますが、このような観点からすれば利己主義とは反社会的な思想です

 利己主義者は反社会的活動と同様に、社会を成り立たせている「信頼」を損ねます。法や規範を守ることも、公共財の維持で協業することも、相互扶助や社会的紐帯も、己を最優先とする人には期待できません。利己主義者はそういった「信頼」を裏切る可能性を自ら示しているのですから。

 利己主義は反社会的勢力である暴力団や犯罪者と価値観の構造が通底しており、社会にとってなかなか受け入れ難い思想と言えます。

 

「ありのままの自分で生きよう。他人に合わせる必要なんてない」 

「自分を大切にするために、嫌なことは全部断っていい」  

「自分の人生なんだから、好きに生きればいい」  

 つまるところ、この手の美辞麗句は本質のところで反社会的です。

 かなり辛口の表現ではありますが。

 

共同体主義が伸張した理由

 滅私奉公を是として、社会のために個人を犠牲にするような全体主義へ後退することは今更できません。

 とはいえ、自由主義・リベラリズムが過激化した利己主義者の集団も加害性が強すぎて社会正義から隔絶してしまいました。

 「利己主義は反社会的かもしれないが、法を犯していなければ問題ないのではないか」と考える人もいるかと思いますが、社会の持続性を損ねること自体がすでに強烈な加害性を持っています

 なにせその主張は「その主張が許容されるだけの安定した社会」だからこそ成立しているのであり、自然状態では決して成立しません。社会を損ねるとは、そういった個人の権利を貪る自由を将来の人々からも奪っているのであり、利己主義者は周囲や現在だけでなく未来の社会とそこに住まう人々からも搾取していることになります。これは強烈な加害性と呼ぶ他ありません。下手な暴力よりもよほど多くの人権を長期的に傷つけます。

 

 以上より、全体主義だけでは個人が滅び、利己主義だけでは社会が崩壊する、どちらに偏っても問題が生じることが分かった20世紀後半以降に共同体主義(コミュニタリアニズム)が伸張したのは必然的だったと言えるでしょう。

 共同体主義とは、個人の自由や権利を最優先する利己主義や過激な自由主義を批判し、所属する社会や伝統といった「共同体」の価値や共通善を重視する思想です。

 言い換えれば、「社会のためになることを土台として、その上で己の幸福を構築する」ことを志向します。

 社会の安定、すなわち信頼・法・秩序・公共財など社会の基盤が無ければ個人の幸福は成立しません。そのため、社会の維持・管理は最優先とし、その上で個人の選択や自己実現を尊重できる形を取ることが最も持続可能となります。

 

 共同体主義も最新で最先端というわけではありません。

 むしろ新たな自由主義から批判を受けています。

 ただ、全体主義を否定して個人の自由を尊ぶ人であれば、野放図な自由主義への批判から生まれた共同体主義の思想を少なからず理解しておく必要があるでしょう。

 

結言

 つまるところ、「この世はすべてひとつの舞台、人はみな役者だ」です。

 私たちは舞台を演出するために作られた舞台装置ではなく、

 舞台を壊してしまい途方に暮れる無職の放浪者でもなく、

 舞台の上で他の役者に合わせて自由にアドリブを演じる役者であることが望ましいでしょう。

 

 

余談

 今回出てきた主義を要約するとこんな感じです。

 

【利己主義】

個人>>社会

社会的責任や他者に配慮しない。

 

【個人主義】
個人>社会

他者の自由を尊重する。

 

【共同体主義】  
社会>個人

個人を尊重するが共同体の維持が前提。

 

【全体主義】  
社会>>個人

個人は社会の従属物。