忘れん坊の外部記憶域

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コミュニケーションは伝わらなければ意味が無い

 「言ったでしょ!」

 「言ってない!」

 言った言ってない論争・言った聞いてない論争と呼ばれるコミュニケーションの失敗は恐らく全ての人が経験したことがあると思います。どちらの言い分も分かるのですが、残念ながらこれは「言ってない!」側に分があります

伝わらなければ意味が無い

 コミュニケーションは人同士の情報共有や意思の疎通を意味します。つまり情報を発信するだけでは不足であり、互いの認識が妨げなく通じ合う必要があるのです。そしてその責任は情報を発信する側にあります。相手に情報を伝達することが出来なければそれはまさに「言ってない」のと同様だからです。

 確かに相手側の受信力や理解力に問題がある場合もあるでしょう。しかしそれでも情報を伝達する責任はコミュニケーションの発信側にあります。相手の理解レベルに合わせて話し方を変えたり、相手が受信しやすいタイミングで話し掛けたりと工夫するのは情報を発信する側の仕事です。

 論語において孔子はこう伝えています。

 「子曰く、辞は達するのみ」

 辞は言葉を意味します、大雑把に意訳すると「言葉は相手に伝わらなければ意味が無い、伝わりさえすれば言葉は何でもいい」とできるでしょうか。

 他にも福澤諭吉は高尚で難解な文章ばかり書いている作家に「猿に見せるつもりで書け」と教えています。過激な表現ではありますが、識者にだけ分かるような世の人に伝わらない文章は意味が無いということです。

 

 「言ってない」側に責任を置いてしまうと、極論ですがなんでもアリになってしまいます。

 「なあ、こないだお前に頼んだ仕事、終わったか?」

 「え、そんな話聞いてないですよ」

 「何言ってんだよ、ちゃんと伝えただろ」

と言う状況で、言った側が言い忘れていた場合は悲惨です。聞いてない側に責任を持たせてしまった場合、言った側は言っていようが言い忘れていようがやりたい放題になってしまいます。

 もちろん聞いた側がやりたい放題することも可能です。何を言われても聞いてないと言えばいいのですから。よってこの論争を避けるには、言った側が相手に伝わったことを確認してコミュニケーションを取った記録を残す以外ありません。互いにやり取りをした記録を合意して残していれば言い忘れや聞き逃しを避けることができます。そしてその行動に対する結果の責任は能動側である「言った側」にあるのです。

 記録を無視する人も居る?そういう方からは距離を取るしか・・・

相手が悪い?

 時に「こちらは正しいことを言っているのに理解しない奴が多い、世の中は馬鹿ばっかりだ」というような見解を持っている方がいらっしゃいます。それは突き詰めると危険な考え方に達する可能性があります。前述してきたように相手に伝える責任は発信側にあります。世の中に自分の意見が伝わっていないのは世の中が馬鹿だからではなく、伝えられていない発信者に問題があり、発信のやり方を変えなければいけません。

 適切に受信できていない相手が悪いのだという考えは自身の所属するコミュニティを正義とし、世間を悪とするキャンセルカルチャーと同様の党派性に陥る危険があります。その危険性について過去にキャンセルカルチャーについて書いた記事から引用してみましょう。

 キャンセルカルチャーを推進するとどうなるか。それは破滅に至る以外無いことを歴史が証明しています。

 キャンセルカルチャーの基本は「悪を認定し」「それをコミュニティから排除することです。つまりコミュニティを広げるのではなく、コミュニティを削っていく方向性です。悪が除外されたコミュニティは純粋なものになるかもしれませんが、総体で見ればコミュニティは小さく先鋭化した状態となります。つまり、簡単に言えばカルト化します。というかカルト集団が誕生する経緯こそがまさにこのキャンセルカルチャーによるものです。

 先鋭化したカルト集団では、コミュニティ全体が正義であり悪は除外しきったと錯覚するようになります。それは同時に、彼らにとってはコミュニティ外が悪に変わることを意味します。前述したようにキャンセルカルチャーでは悪の反対が正義であると考えており、自らのコミュニティが正義であるならばそのコミュニティに賛同しない外部は悪であるというような論理構造を持っているからです。

 先鋭化して縮小したカルトコミュニティの外には膨大な一般人が作る通常の社会があり、カルト集団はその通常の社会を悪と認定して敵対するようになります。

 つまりカルト集団は必ず反社会的な特性を持つようになります。だからこそカルト集団は世界中で危険視されているのです。

 以上より、キャンセルカルチャーは必ず反社会的集団を産み出すことをその論理構造に内包しています。ヤクザや暴力団、麻薬の勧誘と同じレベルのものであり、決して安易に賛同すべき思想ではありません。

 伝わらないのは相手が悪いからだ、という気持ちは分かりますが、その気持ちはグッと堪えて戒めなければいけません。

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