他所様の記事を批判的に直接取り上げるのはあまり好みではないので悩むところですが・・・一応は設計畑の人間として、話題にしたい気持ちには勝てず・・・日頃より愛読しております日経XTECHの記事を少しだけ語らせていただきます。
話の趣旨は分かるのですが
語りたいのは以下の記事。
記事導入部で「その企業が日本人設計者を募集していた」というのに、「その韓国の大企業によれば、日本人設計者の採用はお断り」というのは繋がりがよく分からないですが、話の趣旨として日本人設計者の技術力低下を懸念していることは理解できますし、懸念に同意します。
公差設計やコスト計算を疎かにしていたりマトモに出来ない設計者が存在することは確かに事実です。頻繁に、とまでは言いませんが、残念ながら時々見かけます。それ自体は極めて重大な問題です。
ただ、そんな人が設計者として中途で応募してきたとしたら、韓国大企業でなくとも日本企業でも即落ちでしょう。公差設計が出来ない、設計書が書けない、コスト計算が出来ない、辛辣な言葉で言わせていただくならばそんな人は設計者じゃないです。記事の最後で「コストの質疑応答ができなければ設計者として役に立ちません」とされているのはまだ優しい表現だと感じるくらいです。
1円硬貨のコスト計算が気になって仕方がない
こちらの記事ではコスト計算の一例として1円硬貨の材料費、加工費、型費を計算されています。
硬貨用の金型費となると120万よりもっと高くなりそうではありますが、具体的な硬貨の加工工程は知らないため、概算計算として充分かと思います。
気になったのは材料費の試算です。
(元記事から引用)
【1円玉のサイズ】
- ①外径:20mm(私の事務所で測定)
- ②厚さ:1.2mm(私の事務所で測定)
- ③材料の体積コスト係数:純アルミニウムで3.56(比重から求める)
1円玉の材料費=(20/2)×(20/2)×π×1.2×3.56×10-3=1.34円
材料費の時点で、もう既に1円を超えていることに驚きます。
材料費で1円を超える試算は・・・ちょっと違うのではないでしょうか。設計者の感覚的にも社会常識的にも少し違和感を覚えます。
金属価格の基本単位としては、体積、長さ、重さがあります。大体の感覚として、板状であれば体積、棒状であれば長さ、それ以外は重さを用いるのが一般的でしょう。そのため、体積とコストよりも重さとコストの方が馴染む設計者も多いかと思います。
重さとコストに関しては車が良い例で、グラム1円がある種の目安です。車は1トンくらいですので、車の材料費が100万円を超えると高い、というような感覚ですね。
そんな重さ基準での設計者感覚からすると、1円硬貨は1個あたり1グラムですので、その材料費が1円を超えるというのは納得しがたくあります。なにせ並の車よりもグラム単価が高いということですから。
板状の金属であれば材料費はそこそこ高くなりますが、それは板状に加工する加工費が乗っているからです。硬貨の発行枚数を考えればまさか板状で購入しているとも思えず、アルミ地金を購入して圧延しているでしょう。となると材料費はアルミ地金分のみで、スラグや圧延に掛かるコストは加工費に乗ります。昨今は金属材料が高騰していますが、それでもアルミ地金の価格は0.5円/g以下です。
よって、1円硬貨の単純な材料費は0.5円以下、というのが妥当な判定かと考えます。アルミ地金の相場次第ですが、少なくとも1円を超えるようなことは今のところ考えにくいです。
(余談:金属の高騰、特に銅の高騰に産業界は悲鳴を上げています)
次に社会常識的な感覚からして、1円硬貨の材料費が1円を超えるはずはないと考えます。だってもし1円を超えているのであれば、1円硬貨を集めてアルミ材として売れば大儲けできちゃうじゃないですか。
(貨幣損傷等取締法でしょっ引かれます、貨幣の損傷や鋳つぶしは犯罪です)
そんな、悪い人が悪用できてしまうようなものづくりをしているはずはなく、普通に考えれば1円硬貨を作るためのアルミ材料費は1円以下に抑えているはずです。1円玉1枚を作るのに3円かかると一般に言われているのは事実でしょうが、その費用の大半は加工や金型、すなわち人件費でしょう。
少なくとも『1円玉をアルミ材として転売した業者が検挙された』というニュースをさっぱり見かけない以上、この社会常識的な感覚も正しいのではないかと思います。
以上です。
話の趣旨にはとても同意するのですが、材料費の試算について一言述べたかっただけです。日本人設計者はコスト計算ができない、という記事のコスト計算が怪しいのはちょっと気になるな、と・・・
余談
もう少し細かく言えば、材料費と原料費の話が混ざっている気がします。
例えばラーメン屋の視点で言えば、麺の材料費は製麺所から買う値段で、原料費はそれに使われている小麦粉の値段です。
硬貨も同様、造幣局が買い付けるアルミ円形が材料費、アルミ円形に使われているアルミ自体の価格は原料費です。よって記事の試算は材料費ではなく原料費かな、と・・・