製造業の月刊情報誌として著名な『日経ものづくり』は読む機会があるので毎月読んでいます。
先日も少し遅れてですが2024年7月号を読んでいたところ、そこで長期連載されているコラムではトヨタの認証不正問題をテーマに次のようなことが述べられていました。
■トヨタでは国が定める基準よりもはるかに厳しい基準を設けている。その基準に根拠があるわけではないが、その車が廃車になるまでどんなことがあっても問題を起こさないという強い思いがある。
■基準が高いと開発難易度やコストが上がりかねないが、そのために技術者が知恵を絞る。
■初めてアルミホイールを採用した時は、何度も試験を繰り返して試行錯誤することで高い要求を満たした。
これはテレビドキュメンタリー『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』のような美談に思えますし、技術者的にはとても共感しやすい話ではあります。高い基準を設けて安全率を高く取れるのであれば当然取りたいと思うのが人情ですし、高い難易度を如何に低コストで実現するか知恵を絞ることはたしかに技術者の責務です。
ただ、これは厳しい言い方をすると「古い美談」だと私は思っています。
美談は常に美談ではない
過去に素晴らしいとされていたことが現代では不適切になることがあるように、価値観や基準が未来永劫不変であると考えることは正しくありません。
美談も同様に、時代に応じて変化した価値観によってそれが美談で無くなることもよくあります。それこそ『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』が現代の基準からすればブラック労働に他ならないようにです。
冒頭のコラムもそういった情勢の変化に対する誤認を来たしていると感じます。
現代は市場がグローバル化したことによって競合他社もグローバルとなっており、一円一銭を削り合う競争が激化しています。生産は人件費の安い国で行い、資材は僅かでも安いところから購入し、プロセスもモジュール化して最適コストとなるようアウトソーシングすることが一般的です。
そのようなコストダウン競争においては開発コストも聖域ではなく、かつてよりも遥かに切り詰める必要がある時代となりました。
開発コストを削減するということはつまり、如何に少人数で、如何に短期間で、如何に資源消費を少なく開発するかです。人は少なければ少ないほどよく、開発期間は短ければ短いほどよく、試作評価は可能な限り少なく、むしろ出来る限りシミュレーションで代用することが求められます。
昔であれば人海戦術で様々な条件の試作を行い、多数の試験を行うことで高い基準を満たすことができましたが、それがたとえかつての美談であろうとも、現代の現場はそういった全ての手練手管が封じられていることを忘れてはいけません。
もちろん時代の進歩によって優れたソフトウェアやツールを現場は持っていますが、それらは完全な代用品ではなく、実際にやってみないと分からないことが世の中には無数にあることは技術者からすれば実感的に分かるでしょう。
つまり「昔はこうやったもんだ、今どきのモンは」と言ったような古い美談をされても、今の現場は昔のように人も開発期間も予算も与えられていないわけで、無い袖は振りようがありません。それでも現場がなんとか知恵を絞っているからこそ現状が保てているのであって、その点への評価はされて然るべきでしょう。
結言
開発現場の外部環境は過去と現代で様変わりしており、そのために開発現場が過去と同じやり方を踏襲することはできなくなっています。
その点を考慮せず、過去の美談や成功体験を今の現場に押し付けるような仕草はあまり適切ではないと私は考えます。
もちろんこのような変化は外部環境に依存するものであり一朝一夕に改善できるような魔法の杖が無いことは重々承知しているものの、「あれが無い、これが無いと言う前に知恵を絞れ」といった類のことを言う人こそ知恵を絞ってなんとか現場に予算を割り当てるなりして欲しいものです。