陰謀も、陰謀論も、事実からではなく「人の頭の中」から生まれる。
陰謀論とフェイクニュース
陰謀論とフェイクニュースは強い相関があると考えられているため、セットで語られることの多い概念です。
実際、「不確かで、曖昧で、誤った、事実と異なる情報を見てしまうから人は陰謀論に陥るのだ」と考えることは自然ですし、論理的にも正しいように思えます。
とはいえ、フェイクニュースを撲滅して正しい情報や事実だけを適切に社会へ流通させれば陰謀論は無くなるかといえば、残念ながらそうはならないでしょう。
これは単純な話で、陰謀論は正しい情報からも生じるためです。
そもそも陰謀論の本質は「事実の真偽」ではなく「意味付け」にあります。
陰謀論とはまさしく「誰かが陰謀を企んでいる」と深読みして論ずることであり、根拠の有無に関わらず「邪悪で協力な集団による陰謀の関与」を断定したり信じたりしようとするものだからです。
代表的な例として、誰もが知っている『ジョン・F・ケネディ暗殺』で考えてみましょう。
”大統領が銃で撃たれて暗殺された事実"は明確です。
しかしその"事実"とは無関係に、CIAやソ連やマフィアの関与を疑う陰謀論などは無数に存在します。
もちろんその"事実"自体を疑う陰謀論も無数にあるものの、陰謀論は根拠の有無どころか事実の真偽すら時には無関係です。
このように、「実はあの事件には裏にこんな組織の力が働いていたに違いない」「あの人のこの発言は、実はこういった目的があったに違いない」など、事実に対して適切ではない意味付けをする行為が陰謀論の本質です。人は誤った情報を基に不適切な陰謀論を信じることもありますが、正しい情報・事実を基にしても不適切な意味付けをして陰謀論に陥ることが往々にしてあります。
よってフェイクニュースを撲滅できたとしても陰謀論は無くなりません。
人は意味を見出してしまう
人の脳は高度に発達していますが、そのせいでただの事実をそのまま受け取ることが難しくなっています。
その原因の一つがパターン認識です。
食べ物から変な臭いがしたら腐っているかもしれない、暗がりから音がしたら野生動物がいるのかもしれない、そういった状況判断をパターン認識と言い、要するに何かしらの出来事に対してその意図や因果関係を推察することです。
パターン認識能力は特に危険の察知に役立ち、人の生存へ有効に働きます。
つまり、人はパターン認識をして危険を察知すると、状況を理解できたと考えるようになるため、むしろ不安が低減します。幽霊の正体見たり枯れ尾花、です。
陰謀論が「邪悪で協力な集団による陰謀の関与」を想定するのも、そういった危険を推察することで安心感を得たいとした心理の裏返しでしょう。
この脳機能は自動的です。
つまりどれだけフェイクニュースに気を付けていても、誰しも意図せず陰謀論に陥ることがあります。
結言
正しい情報・事実だけを流通させれば陰謀論は無くなるとした期待は、残念ながら非現実的な考えとなります。陰謀論は"事実の真偽"ではなく"事実への意味付け"に本質があり、フェイクニュースが無くても成立するためです。
もちろんフェイクニュースは陰謀論を助長するため撲滅に尽力することは効果的ですが、全てを解決してくれるわけではありません。
そのため、真に陰謀論を撲滅することを目指すならば、もっと地道な努力が必要です。予防的教育やリテラシー教育、対話の促進や情報経路の多様化など、一朝一夕では終わらない道のりを社会全体で歩んでいかなければなりません。