忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

若者は政治活動をした方が良いと思う理由

 すみません、昨日の記事は私の言葉が不足していたため補足の記事を書きます。

 日本は若者が政治活動をしなくても生きていける国ではありますが、だからといって若者が政治活動に参加する必要はないとは思いません。若者の投票率・政治活動への参加率が低いことは若者の責任では無いと考えますが、むしろ積極的に政治活動へ参加したほうが良いと考えています。その理由についていくつか挙げてみます。

政治活動は中長期的な未来のため

 投票行動や政治活動は貯蓄や投資、スキンケアと同じように、若いうちから関心を持って行動をしておかないと歳を取ってから大変なことになる危険があります。

 確かに政治的な変化が即座に目に見える形で起きることは少ないものです。そのため目先の短期的な利益を考慮すれば何もしない方が利得は大きくなります。しかしながら政治的な主張をしない世代と認識された場合、政治家は票を期待できないことからその世代に対して有益な政策を取る理由が無くなります。法律や富の分配を決定する政治家から無視されるというのは中長期的に見ると著しい損失です。

 逆に言えば投票行動や政治活動は長い目で見ると間違いなく利益を得ることができる行動と言えます。確かに労力の多い大変な行動ではありますが、目先の損得に囚われて権利や権限を捨てるのは大変に勿体ないことです。若者は相対的に見れば老い先長い身です。だからこそ先を見据えた行動に支出することは決して損にはなりません。

世の中は政治で動いている

 別々の社会・集団・個人の利害を相対化して調整し、意思決定を行うことを政治といいます。もちろん代表的なものは国政ですが、それ以外にも企業や大学、病院や自治体のように様々なところで内部的な政治原理が動いています。つまり世の中で意思決定される全ての物事は政治であり、世の中は政治で動いています。

 政治に興味が無いという若者は、その世の中を動かしている原理原則から外れてしまうことになります。つまり意思決定側に回れなくなってしまうということです。それは大変に厳しい表現をすれば奴隷に近しい扱いを受ける可能性すら示唆します。

 若者には自己防衛のためにも、大なり小なり何らかの政治活動にぜひとも参加していただき、自らを主体的な意思決定者とすることに慣れてもらいたいと思っています。人の決定に唯々諾々と従い振り回されるのは面白くないでしょう?

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投票率が低いとエリート主義に傾きやすくなる

 民主主義の政治はエリート主義(エリーティズム)と大衆主義(ポピュリズム)の間を揺れ動くことで進みます。

 エリーティズムは優れた人(エリート)を選び、その人達に正しい物事を決めてもらう方向性であり、ポピュリズムは間違えていても民衆(ポピュラス)で決める方向性です。どちらが正解というわけでもなく適度に間を揺蕩うことが最適な状態で、どちらかに偏ってしまうことは民主主義の危機です。エリーティズムに偏れば独裁政治や専制政治に近似し、ポピュリズムに偏れば衆愚政治に堕します。

 間接民主主義における政治家は言ってしまえばエリートです。このエリートを選ぶのが投票ですが、投票率が低い場合エリートは”少数の支持者”を固めるだけで選択を受けることができるようになります。それはポピュリズムから遠のき独裁や専制を招き、民衆が物事を決めることができなくなる危険性を孕んでいます。

 ただただ単純に投票率が高ければいいかと言えばそうでもなくそれは衆愚政治に堕する危険があるのですが、だからといって投票率が低いことは独裁や専制に近づくことでもあります。何事もバランスが重要であり、投票率は諸外国程度に保たれることが望ましいです。少なくとも日本の投票率は196か国中158位であり、もう少し改善が必要でしょう。

 ただ難しいことに、投票率の低さは”政治的な自由度の高さ”を意味している場合もあります。フランスやアメリカが日本と同様に投票率が低いのはそういうことです。とはいえ自由にはリスクが代償として付き纏うことも忘れてはいけません。投票率の低さは民主主義のリスクです。

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みっともない言い訳

 「若者の投票率が低い!けしからん!」というような言説があまり好みではないため、若者の責任では無いと思っていることを書きたかったのが昨日の記事です。

 私はゆとり教育のほぼ最前線世代ですが、そのために「ゆとり世代はダメだ」ということを散々言われてきました。しかしそのゆとり教育を推進したのは当時の若者ではありません。若者が決めたことではないことに若者の責任は無いと考えています。

 投票率についても同様で、今の若者が今の世の中を作ったわけではありません。それを我々年長者が責めるようなことは言うべきではないと考えます。

 しかし明らかに言葉不足でした、申し訳ありません。適切な表現と説明ができるよう今後気を付けます。