忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

良かったことを探してみる

 毎日良かったことを3つ記録すると一週間で幸せになれる、という話を聞きました。調べてみたところペンシルバニア大学の心理学教授が2005年に提唱した方法で、実験的に効果が確認されているようです。日本では2010年頃から自己啓発手法として紹介されており、追試や類似研究も行われています。経済産業研究所やお茶の水女子大学のようなお堅いところの研究結果も見つけました。

 実際の効果は測定手法や研究によってまちまちでしたが、良かったことを3つ記録することを1週間程度続けるだけで手軽に「幸福感の上昇」をある程度の期間もたらすかもしれない、というのは魅力的です。

 

 人によっては「毎日3つも良かったことを見つけられるのはすでに幸せな人なんじゃないか?」という疑問が湧くかもしれません。しかしそんな疑問を持つのは幸福感が足りない証拠です。幸福は義務です。市民、あなたは幸福ですか?(アルファコンプレックス感)

 

3つでいいの?

 さて、いくつか論文や資料を読んでいて思ったのですが、なぜ良かったことを記録する数が3つなんでしょう?あんまり多いと良かったことを捻りだすのが大変になって幸福ではなくなるから?1つじゃ侘しいし、2つじゃ寂しいから?詫び寂びを解せないというのはなんとももったいないことですね。

 いえ、もしかしたら良かったこと3つで幸福感が上昇するのであれば、4つであればもっと幸福になり、6つであれば倍の幸福感、もっともっと良かったことを見つければ幸福感は天井知らずの鰻登りになるのではないでしょうか。幸福で脳をやられないようにあえて3つに抑えている説、あるかもしれません。限界効用逓減の法則を知らない馬鹿の発想です。もうすでに脳をやられているのかも。

 そんなわけで実験してみましょう、とりあえず今日一日で見つけた小さい秋・・・じゃなくて小さい幸福を書き出してみます。たくさん見つけることができれば物凄い幸福感に浸れるかもしれません。

 え、なに、詫び寂びはどこいった?はぁ、何を仰るのだか。何事も多いほうがいいに決まってるじゃあないですか!

 

3月4日の良かったこと?

  • いつもより遅い時間に寝たのにいつも通りの時間に起きることができた
  • マスクの在庫が切れたかと思ったら意外なことに忘れずちゃんと予備を買ってあった
  • 気温が高かったおかげで車のフロントガラスが凍っておらず、溶かす手間がいらなかった
  • 道が空いていたので通勤が楽だった
  • 朝一のメールチェックでほとんどメールが来ていなくて楽だった
  • アメリカから来ていたそこそこ大きな案件が順調に進んだ、ので英語の返信文章を書くのが短めに済んだ
  • あまり電話がかかってこなかったため、静かに仕事が進められた
  • 全体的に飛び込み業務が少なくて快適な一日だった
  • 気温が温かく室外でも袖をまくることができた
  • お昼ごはんの定食が唐揚げだった
  • 投稿した記事にカラースターをもらえた
  • 上司や同僚とのバッドコミュニケーションが無かった(口論や揉め事が無かった)
  • 金曜日にちょうど設備の点検当番が回ってきた(雑務の手間が減った)
  • 元気の落ちていた若手にゲームの話を振ったらとても早口で楽しそうに話してくれた
  • マスクのおかげで花粉症の症状が抑えられている
  • 「シップリサイクル条約」と文字変換したら「湿布リサイクル」と出てきて笑えた
  • ケータイの充電が充分だったおかげで仕事中にバッテリーが切れなかった
  • 今日もコーヒーが旨い
  • 好きな漫画が更新されていたので読めた
  • どこにもぶつからず、痛みの無い良い日だった
  • 今日も無事に生きてご飯を食べられた
  • 頭の悪い記事が書けた(この記事)

 はて、そもそも良かったことって何を書けばいいの?

 

幸福感、増した?

「幸福感が上昇するとは言った、しかし、どのくらい上昇するかは言っていない」というくらいの上昇を感じました。「メスシリンダーがあるならオスシリンダーはないのかな」とか考えてる方が幸せな気がするのは私が馬鹿だからかもしれません。

 ま、まあ、まだ初日ですし?ここから指数関数的な幸福度の上昇を見せるはずですし?脳がやられないように幸福感先輩が手加減してくれてるだけですし?・・・なんだかお寿司を食べたくなってきました・・・お寿司リンダー?

 そろそろ落ち着きます。やっぱり幸福感は脳をおかしくするのかもしれません。あ、これが平常運転?へえ、ふーん。

 

受け身?自発的?

 自分でやり始めておいてなんですが、よく考えれば私は「幸福になりたい」と願うタイプではありませんでした。今がそもそも幸福ですし、なんか幸福感足りないなーと思ったら願うよりも動くタイプなので、幸福になれるかもしれないという手段を取ってもあまり実感が湧かないのは当然の帰結です。

 この徒労感、これは・・・幸福?ま、まあ、ある意味。

 記事にはしませんがやるからにはちゃんと1週間は続けます。

 

 

余談

 昨今世の中が落ち込んでいる気がするので前向きで幸福感のある文章を書きたいな、というスタンスで書き始めた割に何故かただの馬鹿が書いた文章になったような気がするのですが、気のせいです。

 今日も世界が平和だった、と言えるようになることを願うばかりです。