あまりリアルタイムの時事ネタを扱わないことに対する個人的な見解。
方針的な何か
当ブログは真に雑記的なブログでございまして、それは別に意図して狙っているわけではなくただただ徒然なるままに思い付いたことをのべつ幕無し語り続けている影響でごちゃごちゃしているだけではございますが、そもそも文体すら自由気ままに安定させていない当ブログにおいて一貫性なんてなんのその、時には特許明細書のように延々と文章を繋げて句点を用いないこのような読み難い文章を書くことも厭わないのが私です。
読みにくいし書きにくいから止めましょう。
そんなわけで、社会派を気取るつもりは一ミリもない割に社会問題を取り扱うこともある私ですが、それでもホットな時事問題は意識的に避けていたりします。
ホットでなければ時事問題ではないのではないか?と思われるかもしれません。
しかし時事とは「近年起きた事象」に関してであり、近年とは「ここ数年」くらいの時間感覚を意味する言葉ですので数年経って多少冷めた話題でもまだギリギリ時事問題だと言える、と思っています。
まあ昨今の情報社会においては数年前のことなんて古代レベルに古くなっているものですが、それはあまり気にしません。私はホットな時事問題をあえて取り扱わず、冷めた時事問題を取り扱うことを好んでいます。
その理由については過去の記事でも何度か言及してきました。
この駄ブログではあまりリアルタイム性の高い記事を扱っていません。特に時事ネタはあまり取り上げないです。
真面目な理由としては、情報の鮮度や速報性が高いことは必ずしも良いことだとは限らないと考えているためです。速報性の高い情報は十分な調査や根拠に基づいていない場合があり、速報性だけを重視して時事の話をすると不確実な情報の拡散に加担しかねません。
ブログやYoutubeなどでアクセス数を考慮するのであればホットな話題を取り扱ったほうがいいですが、ホットな話題は美味しい反面、下手に触れるとやけどをするので、個人的には少し時間が経って冷めてから食べるほうが好みです。
私は猫舌なので。
これら以外にも理屈を持っており、今回はその理屈を述べてみます。
言葉を動的に捉える
言葉の話となると、言い回しや表現、丁寧さや長短など形式的な表象が議題となりがちなものです。
ただ、私はそういった静的なものに限定されず、言葉には動的な違いもあると考えています。
例えば誰かが失敗をして、その場で即座に指摘されることと事態が落ち着いてから指摘されるのでは同じ言葉であっても受け取りやすさは異なるでしょう。
言い回しも同様です。「なにやってんだバカ!」といった勢いの強い言葉は受け取り難く、「そういうことはすべきではないよ」とゆっくり諭す言葉は受け取りやすいものです。
つまり言葉には速度のような動的な差異が存在します。
トゲトゲしい言葉や丸い言葉、硬い言葉や柔らかい言葉など、静的な言葉は形状で表されることが多くあります。
しかし言葉がどのような形状でどの程度の硬度であれ、高速で投げつけられれば当然痛いものです。言葉も物理法則に従います。
「正論が痛い」状況も言葉を動的に捉えれば理解が容易です。それは言葉の形の問題ではなく速度の問題です。適切な形状の言葉であっても高速で人にぶつかれば痛みを生み出します。
つまるところ、私は言葉の動的特性に配慮したいと考えています。
何かを批判する際でも即座に言葉を投げつけるのではなく、クールダウンが済んでから丁寧に取り扱うほうが好みです。どれだけ他者が弁護しようがないやらかしをしたとしても、それに対する人々の言説がどれだけ正しかろうとも、言葉を勢いよく他者に投げつけることは他者へ投石をしていることと同義だと考えています。
正論なんてなおさらです。正論は正しく硬いものであり、多数の人が高速で投げつけては投げられた人が大けがをしてしまいます。正論を他者へ届けたいのであれば、投げつけるのではなくゆっくりと手渡す必要があるでしょう。
結言
豆腐だって高速でぶつかれば痛いのだから気を付けましょう。
一言で言えばそういった話です。