きっと多くの専門家が自分の分野におけるインターネットの情報を間違いばかりだと思っていることでしょう。
私も自分の分野に関して気になっているところをちょっと解説してみます。
よって今回は初学者向けではなく少しマニアックな話です。
テーマは冷凍サイクルにおける膨張器の原理について。
膨張器の話
私たちが日常的に用いているエアコンや冷蔵庫などの空調・冷凍冷蔵装置は蒸気圧縮冷凍サイクルと呼ばれる仕組みによって温度を変化させています。
蒸気圧縮冷凍サイクルの主な構成要素は【圧縮機】【凝縮器】【膨張器】【蒸発器】で、そのうち【膨張器】は冷媒を低圧低温にするための機器です。この【膨張器】で低圧低温になった冷媒が【蒸発器】、エアコンで言うところの室内機に流れていき、そこで冷媒が蒸発することで熱交換をして部屋や庫内を冷やしています。
【蒸発器】は読んで字の如く、冷媒を蒸発させることで外から熱を奪ってくる機器です。アルコール消毒をした時にアルコールが蒸発して拭いたところが冷えるのと同じ原理を用いて熱を移動します。
また、高い山に行けば水の沸点が下がるのと同じく、液体を蒸発させやすくするためには圧力を下げることが効果的です。そのため【膨張器】は【蒸発器】で液体の冷媒が蒸発しやすくなるよう圧力を落として低圧にすることが主な仕事となります。
冷媒温度は圧力降下に伴いジュールトムソン効果によって大抵の場合で低下します。そうして「蒸発しやすく」「冷たい」冷媒が潜熱と顕熱によって部屋や物を冷やすのですが、ジュールトムソン効果は今回の主題ではないので置いておきましょう。
膨張器は主に三種類あります。
とりあえずは三種類、「キャピラリーチューブ」「温度膨張弁」「電子膨張弁」があると覚えておけばよいでしょう。細かく言えば他にも色々とありますがそれはさておき、原理は全て同じで構造が異なるだけです。膨張器は流路の途中を絞って流体を膨張させることで状態を変化させます。実にシンプルで簡単な構造です。
キャピラリーチューブは上図のように配管を絞るための細くて長い金属の毛細管で、温度膨張弁は温度を素子で検出して自動的に絞り量を変えることができる機械的なバルブ、電子膨張弁はモーターによって自由に開度を制御できる電気的なバルブです。
いずれにせよ圧力降下の原理は同じですので、今回は単純化した図を持って説明します。
不可逆断熱膨張
残念ながら、インターネット上では膨張器による圧力降下をベルヌーイの定理で説明していることが多いです。
例えば”配管内の絞りで流速が変わってその分だけ圧力が降下するのだ”とした、下図のような説明です。
これはおかしな話です。
たしかにベルヌーイの定理であれば流路の断面積の変化に応じて流体の状態が変化することを説明できます。絞られているところでは理想気体であっても流速が上がり圧力は降下していることでしょう。
しかしベルヌーイの定理は要するにエネルギー保存則であり、絞られたところで圧力が下がるのであれば配管径が元に戻ったところでは圧力も元に戻らなければ変でしょう。
よって上の図は不正確です。断面積変化によるベルヌーイの定理ではそこを通った流体の圧力降下を説明できません。断面積による圧力変化を示すならば下図が正しくなります。
絞られているところは流速が上がって圧力が下がるとしても、その後に配管径が元に戻れば圧力も元に戻るのが保存則です。
よってベルヌーイの定理では膨張器による圧力降下を説明するには不足しています。
膨張器による圧力降下はもっと簡単な原理です。
流体はただ流れているだけでも配管と摩擦を起こして圧力降下するものであり、配管が曲がっていたり分岐していても同様です。配管径が変化しただけでも縮流や剥離によって圧力降下が生じます。
つまり、膨張器での絞り膨張による圧力降下は単純に、摩擦等による配管での圧力損失が理由です。狭い流路を通ろうとして流体が壁面とギュウギュウ摩擦することで圧力が降下しているのであり、何かしらの難しい作用によるものではありません。
この過程は外部とエネルギー交換をしない等エンタルピー変化の不可逆断熱膨張ですので、圧力降下した分は内部エネルギーや体積に変化しています。
結言
そもそも断面が一部絞られている流路において、一方に流体が流れて圧力が降下することをベルヌーイの定理で説明するならば逆向きに流したら圧力は上昇するのかと問えば簡単な話です。
そんなことは当然あり得ず、逆向きに流しても圧力は降下します。
単純に配管との摩擦で圧力損失が生じているからであり、エネルギー保存則で圧力降下を説明することは不適切です。
余談
膨張器の原理をベルヌーイの定理で説明しているサイトでは、なぜ冷媒が低圧”低温”になるのかが説明されていないことがほとんどです。それは低圧になる理屈を正しく理解できておらず冷媒の温度が変わる原理も分かっていないためでしょう。
正しく原理を解説している書籍やサイトではジュールトムソン効果による温度変化であることがちゃんと説明されていますので、勉強するのであればそういったサイトを見ましょう。
さすがにその辺りとなると数式による説明が必要で、はてなブログで数式を書くのはそこそこ面倒なため、他所様に任せることとします。
なお、これに関しては書籍ですら間違えているものがあります。熱力学の原理は色々と難しいので仕方がないとはいえ、初学者向けの書籍にすら誤ったことが書かれているのは困ったことです。簡易に説明することと誤った説明をするのは違うというのに。
何はともあれ、それっぽいことが書いてあっても専門家からすれば誤っていることは多々ありますので、情報を信じるのはほどほどに。