忘れん坊の外部記憶域

興味を持ったことについて書き散らしています。

言論・メディア

相手の意見を否定することは自説の補強にはならない

いつも巡回させてもらっているブログの1つ、そこでは少しややこしい国際問題を取り上げていることからコメント欄が同意もしくは反論でとても賑わっています。 ほとんどのコメント投稿者は議論の作法を心得ているため、互いの意見を積み上げてより優れた見解…

人の意見を借用すると不平不満が湧いてくる

「なーなー、マイナンバーカードと保険証の一体化ってニュース、どう思う?」 「まだヤフコメを見てないので、回答は見てからでいいですか?」 「ふぁ!?」 久しぶりのカルチャーショック。 私はヤフコメの意見を知りたいわけじゃなくて、君の意見を聞きた…

酷い誹謗中傷という言葉への違和感:批判、批難、誹謗中傷の違い

「酷い誹謗中傷」という言葉を見掛ける度、「誹謗中傷はそもそも酷いものでは?」と余計なことを思ってしまいます。 罵言の度合いを意味していることは分かっているのですが、時に罵言の度合いが批判と誹謗中傷を分けるかのような話がなされているような気が…

「どう意見が変わったか」ではなく「どう意見を変えたか」を重視したい

意見の一貫性は時に強く重視されるものです。同じ意見をぶれずに首尾一貫して続けることはその意見や発信者の説得力に繋がります。 だからこそ何かしらを発信する人は、過去の発言が現在と整合が取れており変化していないことが良いとされます。 ただ難しい…

「何を言ったか」のためにも「誰が言ったか」「どう言ったか」は重要

「何を言ったか」「誰が言ったか」「どう言ったか」のどれに重点を置くべきかが人々の間で話題になることがあります。 単純な事実関係に関する弁論であれば話の中身である「何を言ったか」を重視すべき、のはずですが、そうは問屋が卸さないのが人の世という…

意見と主張の違い:エビデンスに基づかなければならない時と、そうではない時と、どちらでもない時

今や広く使われるようになった外来語であるエビデンス。 「証拠」や「根拠」と和訳されていますが、元の英単語evidenceの意味からしても Facts or observations presented in support of an assertion ある主張を裏付けるために提示された事実または観察 で…

コミュニティ区分の不存在:なぜ政治経済の話題は揉めやすいのか

思想信条の自由がある社会においては誰もが違う考えを持っているのが普通です。それが個人的な範囲のものであれば「私はこう考えます」で終わりですが、人は時に政治経済などでの問題の解決、もしくは心情的な問題の解決を目的として自身の意見への共感や賛…

たとえ話の欠点と効用

私は物事を説明する際に『たとえ話』を多用します。本日はそのたとえ話に関する所見を述べていきます。 たとえ話の欠点 たとえ話は結局のところたとえでしかなく、本質的な理解から遠のいてしまうことや意図を誤るといった欠点が間違いなくあります。それは…

マスコミ批判で気を付けること

インターネット上では今も昔も報道機関(マスコミ)への批判が活発に行われています。これは日本に限らず諸外国でも同様です。いえ、むしろ日本よりも海外のほうがマスコミへの批判は強いと言えるかもしれません。 社会学者が国際プロジェクトとして行っている…

討論や言い争いは社会問題を顕在化するために必要

先日の記事で社会問題の解決には討論ではなく議論が必要だという話をしました。 では討論は不要かと言えばもちろんそうではなく、討論が必要な場面も存在します。今回はお行儀の良い討論(ディベート)に限らずインターネットや紙面上での殴り合いのような言い…

インターネット上で議論はできるか?

『議論なんて結局は殴り合いだ』 という意見を先日見かけたため、これはどうしたものかとここ数日ほど考えています。インターネット上で議論はできるのでしょうか?この疑問自体も各所で語られ尽くしているような気がしますが、ちょっと思考を整理してみたい…

言葉を探す

誰しも分かっていることですが、心と体は相互作用を持っています。心が辛い時は体も調子が出ませんし、体に不調があれば心も弱ります。体が疲れていたり心に余裕が無ければ寛容の精神が損なわれ、他者へ攻撃的になることもあるでしょう。 他者はともかく自ら…

違う意見を述べることと意見を否定することは違うという感覚

この駄ブログでは私の大したことない見解を脈絡なくつらつらと書き連ねています。その際はなるべく言葉にトゲが無いよう、そして誰かや何かを強く否定しないよう気を付けて書いているつもりです。時に不適切な言葉遣い、荒い表現を用いてしまうことがあるか…

理性と感情は対立するのか~理性的と感情的の差異

この駄ブログで時々テーマとしている理性と感情、対立的に取り上げることが多いのですが実際のところこれはどのような関連性を持つのでしょう?今回はその点について考察してみます。 まずもって理性と感情を定義することは難しいのですが、何かを語るのであ…

マスメディアには情報の転売屋であって欲しくない

本日は情報について私見を述べます。 内容ではなく「如何にセンセーショナルか」が競われる 国家・機関・団体が測定しているデータ・統計・ランキング、そういった種々様々な情報群は、実際に世界中で活用されているものの一般的にはあまり流通する情報とは…

ナラティブの活用とその行使への躊躇

ナラティブ(narrative)は物語や話術という意味の英語で、主に心理学やマーケティング、政治の分野で用いられている言葉です。用途が多様なので簡潔に説明することは難しいのですが、大まかに言えば物語の力を活用することと言えます。 ナラティブとは何か ナ…

心無い誹謗中傷・・・心ある誹謗中傷はあり得る?~正しい批判の難しさ

時々「心無い誹謗中傷」という表現を見かけるのですが、「心ある誹謗中傷」というのはあるのでしょうか?ふと疑問に思いました。 そんなわけで、今回は批判と批難、誹謗中傷について取り上げます。入りが強引過ぎる。 言葉の意味 「批判」「批難(非難)」「誹…

アサーティブコミュニケーションと権威勾配

互いの人権を尊重し、相手の意見を傾聴して、それを必ずしも全て呑み込むのではなく、自分の意見も隠さず正直にふさわしい表現で伝える。たとえ互いの意見が異なり衝突したとしても、すぐに折れて相手に従ったり自分の意見を強引に押し通したりせず、手間と…

陰謀論だという指摘の無意味

先日の記事では陰謀論そのものに問題があるのではなく人に自分の意見を押し付けて強制することで迷惑を掛けることが問題なのだと述べました。 今回はもう少し陰謀論と議論について書いてみたいと思います。 安易なレッテル貼りは議論を崩壊させる 基本的に陰…

プロパガンダの手法と注意すべきこと

何かしらを成し遂げるには人数が必要なことがあります。選挙に勝つにしろ革命を起こすにしろ商売をするにしろ、賛同者や顧客が多数必要だからです。そのため政治家や政党、企業や団体は自らの正当性を謳い支持を勝ち取るためにプロパガンダを行います。 プロ…

50音しかないのに個性が出るのだから文章は凄い

平日は朝と夜、可能であれば昼休みや職場の休憩時間にパソコンかスマホで人様のブログを読ませていただいています。読みたいブログがたくさんあり気付けば読者登録数が凄いことになっていますので、最近は見落としている記事があるかもしれません。仕事が忙…

異なる意見には価値がある~ヘーゲルの弁証法

推論をする際の論理展開としては一般に帰納法と演繹法があります。他にもいくつかありますが代表的なものはこの2つです。 帰納法と演繹法 帰納法は各種の事例やデータから結論を推論する方法です。「あそこで見たカラスは黒かった」「こっちで見たカラスも黒…

権力の監視はジャーナリズムの本業ではない

ジャーナリズムとは、誰かが報じられたくないものを報じることであり、それ以外はすべて広報である。 Journalism is printing what someone else does not want printed; everything else is public relations. ジョージ・オーウェルが言ったとされる言葉で…

「書く」ことへの思索

人が他の生物と明確に異なる点の一つとしてコミュニケーションの距離があります。他の生物は身体の動作や発声、匂い、色、光などを用いて相手とコミュニケーションを取りますが、それらはいずれも同時間における直接的な距離です。対して人間は言語を用いて…

情報の信頼性はどのように担保されるべきか

先日、文春オンラインの記事がバズっていました。 内容については置いておくとして、個人的に気になったのは情報の信頼性はどのように担保されるかというところです。 インターネットの情報は信用できないけど インターネットの情報は信用できないので正しい…

コミュニケーションは伝わらなければ意味が無い

「言ったでしょ!」 「言ってない!」 言った言ってない論争・言った聞いてない論争と呼ばれるコミュニケーションの失敗は恐らく全ての人が経験したことがあると思います。どちらの言い分も分かるのですが、残念ながらこれは「言ってない!」側に分がありま…

会話のキャッチボールとその派生形

会話のキャッチボールという表現は実に言い得て妙です。様々な例え話に広げることができます。私が職場で多用しているため、簡潔に紹介してみます。 会話のキャッチボール キャッチボールに求められるのは相手の受け取りやすいところにボールを投げることと…

両論併記における誤った等価関係への反論

客観的な事実や科学的な証拠よりも感情や個人的な信条によって表されたものの方が重視されて影響力を持ってしまう状況をポスト・トゥルース(post-truth)と言います。代表例としては2016年に起きたイギリスのBrexitやアメリカのトランプ大統領当選がよく挙げ…

表現や言論の自由に関する見解~規制のメリットとデメリット

ヨーロッパではナチスに関する事柄を禁止する法律があります。ナチスの礼賛や賛美、シンボルや敬礼の使用などが禁止されています。その是非については議論がありますが、私は表現や言論の自由を規制することによる弊害はそれを規制しないことによる弊害より…

両論併記の是非~民主主義国家に両論併記は不可欠である

ある事柄や事象に対しての意見Aと意見Bを並べて開示することを両論併記といいます。 この両論併記については是非が分かれています。私は是であるべきだと考えていますが、まずは先に非とする方の意見を参照してみましょう。 両論併記を非とする意見 「両論併…